伊能図と料紙

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  • Various drawing papers used for the surveyed maps of Japan by Tadataka Inoh

抄録

<p>1 江戸時代の料紙と料紙の選択</p><p> 享保年間(1716~1736)に京都に流通した紙を網羅的に掲載した『新撰紙鑑』(木村青竹著、安永6年[1777]刊)には、品質上に18に分類された400種以上の紙名が紹介される。また、文政9年(1826)に大坂にて収集された『大日本諸国名産紙集』(オランダ国立民族学博物館所蔵)には、西日本産のものを中心に約130種の紙が綴じ込まれる。これらの記述や遺品により、江戸時代中後期(18~19世紀)には、需要の拡大、製作技術の発展を背景に、全国各地で多量、多様な紙が作られたことを知ることができる。</p><p> これら多様な紙は、機能性や、政治性(御用紙)、社会性(儀式など)により使い分けられた。文書・記録類のみならず絵図・地図類においても、元禄国絵図や越中国の和算家・測量家の石黒信由(1760~1837)作製の測量図の例にみるように、地図の性格により料紙の使い分けがみられる。 </p><p></p><p>2 伊能図の料紙の先行研究、調査の方法と結果</p><p> 伊能図の料紙については、渡辺慎(尾形慶助、1786~1836)述編『伊能東河先生流量地伝習録』(1824)、大谷亮吉著『伊能忠敬』(1917)に伊能図の種類別に使用された料紙名と裏打紙についての言及がある。これらを整理すれば以下のようになり、作図の段階、地図の性格により料紙が使い分けられたことを窺うことができる。 ① 小区域下図 西ノ内紙、裏打なし ② 寄図 西ノ内紙、裏打なし ③ 扣図 美濃紙(礬水引)/唐紙*、裏打あり/なし ④ 官府上呈本・副本 唐紙/間似合紙、唐紙は裏打あり *③扣図の唐紙は大谷(1917)のみ指摘</p><p> この点を踏まえ、以下2点を課題とし、伊能図の原本料紙調査を実施した。</p><p>ア 渡辺・大谷の指摘の検証と当該料紙の品質・形状上の特徴を明らかにすること</p><p>イ 伊能測量隊以外の第三者により製作された写本の料紙を明らかにすること</p><p> 調査は、主として以下の項目を対象とした。一紙の法量及び厚さの計測、簀目・糸目の見え方、簀目の太さ(本数/1寸)、糸目の平均長の計測、肉眼と透過光下における100倍光学顕微鏡による原料、塡料、斑、繊維束、樹皮片、非繊維物質の観察、である。</p><p> 今次の調査結果と、前述の『新撰紙鑑』の記載内容や、『大日本諸国名産紙集』の料紙調査報告とを比較し、(1)竹紙、(2)美濃紙、(3)美濃紙(小判)・大半紙、(4)典具帖紙、(5)西ノ内紙、(6)杉原紙、(7)半紙と、7種に料紙名を比定した。</p><p> 調査対象の伊能図は、『大日本沿海輿地全図』を幕府に上呈した文政4年(1821)前後にて時代を区分し、地図の性格(官府上呈本、伊能家扣図、同下図、同麁絵図、伊能隊以外の第三者写本)を記し、針突法による製作の有無、当初からの裏打の有無と併せ、調査した。</p><p></p><p>3 伊能図の料紙の種類と選択</p><p> 前項で記した課題に対し、以下の結論が導かれた。</p><p>ア 渡辺・大谷の指摘は概ね首肯されたが、次のとおり新たな知見があった。①一部の下図に(5)西ノ内紙の代用として(6)杉原紙が用いられていたこと。③扣図には(2)美濃紙のみならず、やや小ぶりな(3)美濃紙(小判)・大半紙類が用いられていたこと。④官府上呈本は、(1)唐紙(竹紙)の事例のみであったこと。</p><p>イ 第三者による写本は、(3)美濃紙(小判)・大半紙、(4)典具帖の2種のみが用いられていたこと。 </p><p> このように、伊能図の料紙は機能性による料紙の使い分けがみられ、加えて上呈図の料紙選択は政治性・社会性が加味されことが知られる。料紙の紙質は、伊能図の作製主体、作製段階、製作目的を示す一要素に位置づけられよう。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390010292768830976
  • DOI
    10.14866/ajg.2022s.0_205
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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