疼痛の地理学

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タイトル別名
  • Geographies of Pain
  • A Case Study of "Warabisutan"
  • 「ワラビスタン」を事例に

抄録

<p>Ⅰ.研究の背景と目的  </p><p> 2022年1月,日本政府と与党は在留資格を喪失した外国人の収容と送還の規定を見直す出入国管理および難民認定法の改正案を通常国会に再提出しなかった.長期収容が批判されてきた茨城県牛久市の東日本入国管理センターでは,2022年1月現在20名前後にまで収容人数が減少し,一時的な収容所外への解放が認められた「仮放免者」が相次いで出現している.ただし,仮放免制度は対象者に就労権および住民登録を認めず,移動にも制限を設けているため,仮放免者は入管収容所を「脱施設化」した後も不自由な生活を強いられていることが推察される.</p><p> そこで,本発表では埼玉県蕨市・川口市にあるクルド人コミュニティの居住地域「ワラビスタン」を事例に,仮放免者の「生」について見聞きしたことを,オーストラリアの地理学者Bissell(2009)の「疼痛の地理学」を分析に援用して考察しようと思う. </p><p>Ⅱ.分析の枠組み  </p><p> 疼痛の地理学は非表象理論の系譜に連なる分析の枠組みである. Thrift(2008)が「生-しかしそれは私たちの知る通りのものではない」と述べるように,非表象理論では当事者の「生」とそれを構成し,変化していくプロセスに関心が高い.すなわち,経験として存在するものは根本的に変化するので,実際に変化する場面でエスノメソドロジーのような方法論を用いることで,より活き活きとした当事者の「生」が描き出せるのかもしれない. </p><p> さて疼痛の地理学において,Bissellは自らの偏頭痛を例に,痛みとは非表象的なもので,いまここで起きていることから脱線して表象されることを拒むと指摘する(Bissell 2009). 医療従事者が診療室で痛みの意味を探ろうと躍起になっている一方で,Bissellはむしろ「この痛みに意味があるというのか」と憤る.なぜなら,疼痛は情動的な力で当事者の身体空間に作用しており,情動は表象に先立つ前意識的・前言語的であるため,意味を指し示す言語には閉じ込められないからである. </p><p>Ⅲ.調査地と調査対象者  </p><p> 本研究の調査地となる「ワラビスタン」は,クルドの土地を意味するクルディスタンが由来となる.トルコ南東部出身のクルド人が,家族や親せきを呼び寄せて川口市を中心に1,000人を超えるコミュニティを形成している.40歳代から50歳代の第一世代,20歳代の第二世代,そして未就学児童から中高生までの第三世代が近隣に住み,強い紐帯でネットワークを形成している. </p><p> 調査方法は参与観察調査とインタビュー調査を併用した.発表者は支援者とともに2021年5月から断続的に家庭訪問している.調査対象者は難民申請者で,中には就労が認められた「特定活動」の在留資格から調査期間中に仮放免となった者が含まれる.親が仮放免となると子どもも仮放免となるため,在留資格の不安定さからメンタルヘルスが不調となった中学生や,就労中に事故で脳に損傷を受けて手術を受けた20歳代男性がいる.</p><p>Ⅳ.疼痛の強度  </p><p> 前出の脳機能に障がいをもつ者は,偏頭痛と片麻痺で家庭空間に留まる時間が増え,少しでも興奮すると文脈に関わらず笑いが止まらなくなる.当事者の身体空間の中で突き動かされた情動を目の当たりにすると,その場にいた支援者は不可解な状況に耐えられずに日本語で意味を見出そうとし,「いま・ここ」で起きている当事者の痛みに関心が払われなくなる.調査対象者はクルディスタンに帰郷できず,ワラビスタンでも仮放免者として生活保障が不十分な中で生きていかねばならない.疼痛の強度はさらに高まり,当事者の「生」が脅かされているといえる. </p><p>文献 </p><p>Bissell, D. 2009. Obdurate pains, transient intensities: Affect and the chronically pained body. Environment and Planning A 41: 911-928.</p><p>Thrift, N. 2008. Non-Representational Theory: Space, Politics, Affect. New York: Routledge.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390010292776694656
  • DOI
    10.14866/ajg.2022s.0_89
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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