会田安明著『天文簡要論』にみる伊能忠敬の測量
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- 佐藤 賢一
- 電気通信大
書誌事項
- タイトル別名
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- An Introduction of Yasuaki AIDA’s <i>Tenmon Kanyoron</i> Reffering the Tadataka INOH’s Land-Surveying
説明
<p>1.はじめに</p><p> 本報告では、伊能忠敬とも昵懇であった和算家・会田安明(1747-1817)が残した天文学に関する小品『天文簡要論』(1802年頃)を紹介する。本史料には、伊能が第3回測量までの間に測定したデータに基づき、会田に直接提供されたと考えられる情報や測量データが随所に盛り込まれている。20年余に及ぶ伊能の測量事業のほぼ初期に該当する年代に記され、伊能の同時代人による証言を留める史料として『天文簡要論』は貴重である。この観点から、『天文簡要論』が伊能忠敬について言及する内容を中心に紹介する。</p><p></p><p>2.『天文簡要論』が記す伊能忠敬由来の情報について</p><p> 本報告で紹介をする会田の『天文簡要論』は、天文暦学の基本的概念や歴史、雑録的な内容を上下2冊にまとめた写本である。日本学士院、東北大学附属図書館狩野文庫、山形大学小白川図書館佐久間文庫に所蔵が確認される。『天文簡要論』の上冊では過去の天文暦学者たちが残した成果の問題点を指摘、解説し、下冊ではそれらを乗り越えた最新の知見が披露される。伊能忠敬に関する記載は、最新の知見を示す事例として下冊に登場する。以下、その概要を掲出する。</p><p> (1)伊能の測量術について </p><p> 「地球大小論」という項目で会田は、伊能忠敬による測量の目的、緯度1°の距離(28.2里)、測量の技法の概要について言及する。伊能の測量法を示した史料としては従来、渡辺慎『東河先生流量地伝習録』が知られていたが、会田の叙述は簡単ながら、これと類似の内容を含んでおり、伊能の測量事業の初期の技法の一端をうかがうことができる。</p><p> (2)北極星の高度と太陽の南中高度の測定について</p><p> 「予カ勾陣大星ノ測量」「十七日夜勾陣大星ノ一測量」「同十七日立表測量」の項目において会田は、伊能宅において北極星の高度と太陽の南中高度を測定したことを記す(1798年12月23日のこと)。伊能宅に設置されていた天文観測器具を会田は自ら操作しており、『寛政暦書』に描かれている同様の器具類の実際の用法を知る上での参考となる情報が記されている。 </p><p> (3)山形城下での観測データ</p><p> 「羽州山形測量」の項目において、第3次測量の際に伊能隊が通過した山形城下での天文観測記録を会田は記録に留めている。この記録の中に、どの恒星を観測したのかが略記されている。</p><p> (4)山岳の標高に関するデータ</p><p> 「諸国山高測量」の項目で、会田は12箇所の山岳(月山、赤城山、磐梯山、岩木山、鳥海山、他)の標高を記している。伊能から会田に提供されたデータは象限儀で計測した山頂を見通した際の仰角であった。これらの数値は、伊能が測量した山岳に関わるデータを集成した史料『山島方位記』(現存67 冊)には記載されていないものである。会田はこれら仰角のデータと、伊能測量隊が作成した地図上での2地点間の距離、そして三角比を用いて標高(正確には標高差)を算出している。この計算を行うために、会田は伊能図に実際に物差しを当てて長さを測っていたことが記されている。</p><p> (5)垂揺球儀の概要について</p><p> 「垂揺球儀」の項目において、伊能が計時のために用いた振り子時計「垂揺球儀」の概説をまとめる。会田は、この時計の発明者として間重富と高橋至時の2名を挙げている。</p><p></p><p>3.おわりに</p><p> 『天文簡要論』下冊から明らかになった事柄は以下のようになる。</p><p></p><p>・会田が伊能宅で天文観測を体験していたこと。</p><p>・伊能が第3 回測量旅行中に測定したデータ類を、会田は提供されていたこと。さらに伊能図も実見していたことがうかがえる。</p><p>・提供されたデータの中には、山頂を見通した仰角の測定値が含まれており、これらは既存の史料には確認できないものである。</p><p>・垂揺球儀の概要を記していること。</p><p></p><p> 伊能忠敬の同時代人が伊能の動向について書き残した史料は、書簡を中心として数多く残されている。しかし、間重富や高橋至時のように非常に近い関係にあった数人の天文暦学者を例外として、伊能の測量や天文観測の実態を的確な知識に基づいて記録をした史料は思いの外少ない。その観点から、会田安明の『天文簡要論』下冊は小篇でありながら、伊能の天文暦学、測量の実践に関する情報を現在に残す史料として位置づけられる。</p>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2022s (0), 141-, 2022
公益社団法人 日本地理学会