都市近郊農業への新規参入者の就農プロセスにおける支援制度の役割と課題

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タイトル別名
  • Roles and Issues of Public Support for Starting Farm Business in the Suburbs
  • A Case of Tokorozawa City, Saitama Prefecture
  • 埼玉県所沢市を事例に

抄録

<p>1.はじめに</p><p> 農家子弟が家業を継ぐ事例が減少を続ける中,農外から新たに経営体を立ち上げて農業に参入する新規参入者にも担い手としての期待が集まっている.しかし,一般に農業への新規参入には,農地や技術,資金だけでなく,地域への溶け込みなど課題が多い.新規参入者がこれらの課題を克服し,就農を実現するには,単に不足している経営資源を提供するだけではない包括的な支援が必要である.本研究では,埼玉県所沢市における新規参入者の就農プロセスを分析し,新規参入者向けの就農支援制度が果たしている役割と課題を明らかにした.分析にあたっては,新規参入者が就農に至るまでのプロセスを「就農検討」,「研修」,「試行」,「新規就農」の4段階に区分した分析枠組みを用い,新規参入者が利用可能な制度と,新規参入者の実際の行動を段階ごとに検討した.</p><p></p><p>2.対象地域の概要と就農支援制度 </p><p> 本研究が対象とした所沢市は,東京大都市圏への野菜供給地という近郊農業的な性格と,多品目少量生産を行い消費者への直接販売にも力を入れる経営体が多い都市農業的な性格を併せ持った露地野菜生産地と位置付けることができる.本研究では,就農支援制度の内容とその実態を明らかにした上で,所沢市内の新規参入者5人を対象にヒアリング調査を実施した.</p><p> 所沢市で新規参入するには,農業大学校や市内の農家での研修で農業の基礎的な知識や技術を身に着けてから,「明日の農業担い手育成塾」(以下,育成塾)という実践的な農業研修で2年間模擬的な農業経営を行い,育成塾の卒塾判定を通過して経営を開始するのが主要な選択肢である.育成塾では市内の農地が研修圃場として割り振られ,卒塾して新規就農する際には,研修圃場を新規参入者自身の名義で借りて利用し続けることができる.</p><p></p><p>3.研究結果</p><p> 所沢市内の新規参入者は就農プロセスの各段階で支援制度を活用し,円滑な農地取得や補助金による設備投資,人的ネットワークの形成などにより,就農に至る上での課題に対処していた.その一方で,女性の新規参入者が農村における価値観によって不利な状況に立たされる事例や農地の貸借に関して地主とトラブルになる事例など,対応が必要な課題も存在した.さらに,調査対象とした新規参入者は,大型機械を導入した大規模なビジネス志向の農業から,農作業体験やマルシェを通して地元の子供たちと交流する有機農業まで,多様な農業を志向しており,一律の就農支援制度では新規参入者のニーズに応えきれていない現状がみられた.新規参入者の幅広い志向全てに対応可能な制度を設計することは困難だが,たとえば他の自治体で研修を実施した者の就農を受け入れるなど,柔軟な制度運用が必要である.ただしその際,自治体や研修受け入れ農家によって研修の内容は大きく異なるため,就農希望者の実力を評価するには,就農希望者の研修の経歴を,一律の基準を設けて表現する仕組みを整備しておくことが望ましい.また,農業大学校の教職員は,農業大学校を,栽培技術を中心に教える場だと認識しているのに対し,県や市の相談窓口や新規参入者は,農業大学校に行けば,栽培技術から経営手法まで幅広く学べると考えているという事例など,支援を提供する側と享受する側,あるいは支援を提供する農業大学校と県や市の相談窓口の間でも支援の内容に対する認識に齟齬があり,これにより就農に必要な各分野の知識や技術を満遍なく身につけられないという課題もあった.</p><p> 本研究によって明らかにされた就農支援制度と新規参入者の実際の行動の間に見られる課題は,所沢市という地域の農業の特性とも密接に関連するものであった.就農支援にあたっては各地の農業の特性に合わせて制度を設計することも重要であろう.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390010292792148864
  • DOI
    10.14866/ajg.2022s.0_64
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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