基調講演(会長講演にかえて):「支える医療」としての重症心身障害児者医療

DOI
  • 北住 映二
    心身障害児総合医療療育センターむらさき愛育園 医師

書誌事項

タイトル別名
  • −その広がりと深まり、その中での医療的ケア−

抄録

Ⅰ.支える医療 医療は、「治す」だけでなく「支える」という役割を持っている。 障害児者医療においては、重症心身障害、自閉症などの「発達障害」その他の障害に対して、原因疾患や障害を「治す」あるいは軽減することも追求すると同時に、障害を持ちながらも安定して前向きに心豊かに生きていける人生、広がりのある生活を送ることができるように、本人と家族を医療の面から「支えていく」ことが、医療の基本的な役割となっている。このような、「支える医療」の在り方は、障害児者医療に限らず、慢性疾患・難治性疾患など、他の分野にも共通する。「支える医療」の比重が大きくなっているにもかかわらず、このことに対しての社会的認識とサポート体制は十分でない。最近は福祉の在り方をめぐる議論の中で「『医学モデル』から『社会モデル』へ」という言葉がしばしば唱えられるが、この言葉で語られる医学医療の限定的イメージを転換し、「支える医療」としての医療の側面の重要性を関係者が共有し、その内容とシステムを発展させていくことが必要である。 「支える医療」は、従来の医療のイメージを越え、担い手についても、費用的な面でも、より広範な発想を必要とする。医療ニーズを高く有する障害のある人々に対して、このように比重が大きくなりつつある「支える医療」を基本にしながら、支援の仕組みをどのようにしていくのか、費用をどのように社会的に分担していくのか(医療費からか福祉予算からかという狭い議論だけでなく)、担い手をどのように拡げ確保するのかなどの課題が、今後の障害者福祉の基本的問題の一つであり、その社会的認識と検討が必要とされている。 重症心身障害児者への医療はこのような「支える医療」という面が特に大きなものである(図1)。 Ⅱ.重症心身障害児者医療の深まり 重症心身障害児者(以下、重症児者と略)への医療の内容は、この25年余の間に、病態把握を基礎としながら姿勢管理を中心としたさまざまな日常的な手だてと手術も含む医学的治療が組み合わされるようになり、重症児者のQOLの改善をもたらしてきた1)。呼吸障害、嚥下障害、胃食道逆流症への対応の進歩の主なものと、その普及等のための私たちの関わりを、経年的に表1に示す。 1.呼吸障害 昭和60年代初めにパルスオキシメーターのベッドサイド使用が可能になったことを契機に、呼吸障害への対策としての腹臥位を中心とする姿勢管理の重要性と意義が認識されるようになった。それとともに、多くの重症児者の呼吸障害の要因である舌根沈下等による日常的な上気道狭窄に対する経鼻エアウェイ法の有効性が当センター2)や東京小児療育病院3)から報告され、普及してきた。平成年代になり堀口らにより始められた重症児者への喉頭気管分離手術4)が、重度の呼吸障害と嚥下障害のある重症児者のQOLを大きく改善するものとして徐々に全国的に耳鼻科だけでなく小児外科においても行われるようになってきた。その後、非侵襲的人工呼吸器治療の重症児者への適用がなされるようになり、インエクスサフレーター(カフアシスト、カフマシン)、肺内パーカッションベンチレーターの重症児者への使用も行われるようになってきた5)。 重症児者へのリハビリテーションも、理学療法士の積極的な関与により、呼吸理学療法の応用やポジショニング(姿勢管理)の工夫による換気の改善や排痰の促進など、旧来の運動障害へのリハビリを超えた深いものとなってきた6)。 これらの対応は、呼吸が苦しく辛い状態が改善され快適に過ごせるようになる、肺炎になってから治療するのでなく肺炎を予防する具体的な手だてが可能となるなどの結果をもたらし、在宅生活への移行やその維持が安定的に可能となる大きな要因ともなってきた。 2.嚥下障害・上部消化管障害 重症児者の摂食障害に対して、脳性麻痺へのボバース法によるリハビリの中でプレスピーチセラピーとしての取り組みや、昭和大の金子グループによる取り組みが、昭和年代から行われてきた。平成年代になり、ビデオ透視嚥下造影検査7)による重症児者の嚥下障害の病態の検討と報告が行われるようになり、外国からの報告(文献8その他)や、当センター9)10)、びわこ学園11)からの報告で、むせを伴わない誤嚥(サイレントアスピレーション)が高率にあること、姿勢や食物水分形態などの条件が誤嚥の有無や程度を大きく左右することが共通認識されるようになり、誤嚥があっても姿勢や食物形態の適切化によって食べることが継続できるようにすることなど、嚥下障害への合理的な対応がなされるようになってきた。 重症児者で高率に合併し呼吸障害と悪循環を形成する胃食道逆流症への内科的対応としての経鼻十二指腸空腸カテーテル栄養法が当センターからの報告12)の頃から普及してきた。小児外科において、手術的治療が積極的に行われるようになり、特に内視鏡・腹腔鏡下の胃食道逆流防止(噴門形成)手術、胃瘻造設手術が可能となることによって、変形の強いケースにおいても手術治療が可能となってきた。 3.対応方法の共有、対応の深まりから広がりへ このような対応方法の深まりを全国的に共有できるように、当センターにおいて1992年から全国の医師対象の重症児者医療講習会(毎年あるいは隔年)を開催し、その後、看護師対象の講習会も開催してきた。医師対象の講習会は現在まで14回、受講者は療育施設だけでなく大学病院、一般病院の医師も含め延べ約800名になる。それとともに、全国重症心身障害児(者)を守る会の監修のビデオ「重症児とともに」(基礎編1988年、応用編2001年)やその他の研修用ビデオの制作を行い、療育施設スタッフや学校教員など、重症児者に関わる人々に知識の普及をはかってきた6、13〜15)。 このような医療の内容の進歩と深まりは、重症児者の生命を維持するというだけではなく、在宅での生活を可能にし、安定した生活を支え、教育を支え、広がりのある生活を支えるものとなってきた。 Ⅲ.支える医療としての重症心身障害児者医療の広がりと、学校等での医療的ケア 1.重症児者への支援のための学校等での医療的ケア 学校や地域施設などでの、経管栄養、吸引などの「医療的ケア」の問題は、支える医療としての重症児者医療の深まりと広がりの中で必然的に出て来た問題である。超重症準超重症児は、2008年小児科学会調査(8府県調査から推定)で20歳未満では約5000名が在宅で生活していると推計されており16)、2010年東京都立肢体不自由特別支援学校の全数調査では、超重症準超重症児が380名在籍しそのうち293名が在宅で生活している。このような中で、重症児者への医療的関わりの場は、病院、入所施設だけでなく、家庭、学校、通所など、地域生活の場、教育の場にも大きく広がってきた。 重症心身障害を不治の疾患として初めから「緩和ケア」の対象として考えるというような基本的立場ではなく、医療的支援をしっかり行うことによって、重症な障害があっても前向きな広がりのある生活ができるように支えていく、また、家族の過大な負担なしに学校にも安定して通えるように支えていく、社会参加を支えていく、そのような基本的立場とその具体的な関わりの一つとして、私を含め重症児者医療に携わる多くの医師が、学校等での「医療的ケア」について、学校の医療的ケア指導医等としての関わり、行政への働きかけなど、長年の積極的な関わりを行ってきた17)18)。国の対応を含めた経緯については、文献19の第1章を参照していただきたい。 重症児者医療療育施設の重要な役割の一つとして、学校への医療的ケア指導医の派遣、学校スタッフの施設での研修受け入れなどが、今後も積極的に行われるべきである。 2.ケアの体制 超重症・準超重症の児者を中心とした重症心身障害児者への支援の体制は、図2のようにまとめられる。 本人・家族の状況や希望に添って多様な選択が可能となる体制が、用意され整備されていく必要がある。特に、在宅生活を支えるために、1)障害児者療育医療施設、基幹的病院、地域病院、地域診療所など、それぞれの機関での、在宅医療・在宅生活支援機能の強化、2)在宅への直接の訪問支援(診療、看護、リハビリ、医療的ケアを含む生活支援)の拡充、3)通園施設、学校等、地域福祉・教育の場での、看護師およびそれ以外のスタッフによる医療的対応と医療的ケアの前進、4)さまざまな場(病院、療育施設、地域施設、診療所等)でのショートステイのキャパシティーの拡充、5)これらの関係機関の連携、ネットワーク、6)これらの連携支援を調整するケアマネージメントの確立などが、必要とされる。それを可能にする、医療、福祉、教育からの制度的支え(福祉システム、診療報酬など)が必要であり、また、関わるスタッフ(医師、看護師、教員、リハビリスタッフ、介護スタッフなど)への知識・技量の普及と向上が重要であり、特にさまざまな場でのキーパーソンとしての看護師の関与、役割と技量の向上が重要である。 3.「医療的ケア」の在り方についての基本的な考え方 今回の法制化により、非医療職による医療的ケアは、「本来は違法だが条件が満たされている範囲の行為であれば処罰しない」という「違法性の阻却」論から、次の段階に進められることとなった。 (以降はPDFを参照ください)

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390010765214980608
  • DOI
    10.24635/jsmid.38.1_65
  • ISSN
    24337307
    13431439
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用可

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