中国におけるピアノ教育の動向と改革の方向への検討 : ピアノグレード試験の影響に着目して

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  • チュウゴク ニ オケル ピアノ キョウイク ノ ドウコウ ト カイカク ノ ホウコウ エ ノ ケントウ : ピアノグレード シケン ノ エイキョウ ニ チャクモク シテ

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1980年代末,中華人民共和国(以下,中国と略記)では,経済の急速な成長に伴ってピアノの学習ブームが起こった。これをきっかけに,中国音楽家協会は,英国王立音楽検定(ABRSM)を参考にして,1991年に独自のピアノグレード試験を展開した。中国において,芸術の検定試験は「社会芸術水平考級(The Measures for the Administration of the Band Tests of Social Art)」と呼ばれている。本研究で取り上げるピアノグレード試験は,この「社会芸術水平考級」の中の「音楽」の項目に含まれるものである。ピアノグレード試験が始まってからの30年間,合格者に与えられる「等級証書」は,中国のピアノ教育のトピックになっていった。学習者と保護者のみならず,ピアノ教師も等級証書に関心をもつようになった。そして,ピアノ教育の目的も,等級証書の取得に偏っていった。一方,ピアノグレード試験を批判する中国の音楽専門家も少なくない。中国のピアノ学習者や保護者,教師がピアノグレード試験に囚われている背景には,どのような要因があるのだろうか。また,ピアノグレード試験は中国のピアノ教育にどのような影響を及ぼしてきたのだろうか。本稿では,中国における唯一のピアノ専門雑誌である『钢琴芸術』(邦訳:『ピアノ芸術』)に掲載された記事を依りどころに,ピアノグレード試験の影響を明らかにした上で,中国のピアノ教育の動向と改革の方向性を検討した。ピアノグレード試験の影響について,筆者は以下の4点を明らかにした。(1)ピアノ教育の質の保障,(2)ピアノ教育の普及の促進,(3)「功利主義」「競争主義」の誘発,(4)「詰め込み教育」の助長である。改革の方向について,中国の学校音楽教育や社会音楽教育のねらいとする美育を実現するために,中国教育部は2020年に進学とピアノグレード試験の関連政策を取り下げた。この決定は,保護者やピアノ教師による「功利主義」「競争主義」の抑制に繋がる可能性がある。しかし,どのように美育を実現するのかについては,未だに明確にされていない。そこで筆者は,「ピアノグレード試験のためのピアノ教育」から,「ピアノ教育のためのピアノグレード試験」への転換を提案した上で,ピアノグレード試験の改革に関して,以下の3つの視点を示した。1つ目は,学習者のさまざまなニーズに対応しつつ,かつ美育の実現を目指す社会音楽教育の特性を把握することである。2つ目は,音楽的教養を獲得した上で,ピアノ演奏とそのための総合的な音楽能力のバランスを考えた試験内容を設定することである。3つ目は,ピアノ演奏の技術と音楽表現,ピアノグレード試験の趣旨,美育という3つの方面から評価の観点を明示することである。

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