中国山地におけるトチノミ利用をめぐる知識・技術の継承
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- 伊藤 千尋
- 福岡大
書誌事項
- タイトル別名
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- Inheritance of indigenous knowledge about use of Japanese horse chestnut in Chugoku Mountains
説明
<p>1 はじめに</p><p>トチノキ(Aesculus turbinata)の種子であるトチノミ(栃の実)は, 縄文時代から食用とされてきた。トチノミを採集・加工して食する文化は日本の山間部に広く分布していることが知られている。</p><p>他方,山間部集落における社会・経済的な変化のなかで,トチノミの利用をめぐっては変化が生じている。例えば,藤岡ほか(2015)は,滋賀県高島市朽木において,1950年代まではトチモチ(栃餅)が多くの家庭でつくられ,正月などに食されてきたが,産業構造や生活の変化のなかで,トチノミ採集やトチモチづくりが衰退した過程を報告している。また近年では,地域振興の文脈のなかでトチノミ加工品が商品化され,特産品として販売される動きもみられる。</p><p>先行研究ではトチノミの利用やその現代的展開について明らかにされてきたが,トチノミ利用をめぐる知識や技術が各地域でどのように継承されているのかに注目した研究は少ない。</p><p>自然資源の利用は,人と自然の相互作用が表出する文化として重要であり,その継承の実態についても検討していく必要がある。そこで本研究は,中国山地を対象として,トチノミ利用をめぐる知識や技術がどのように継承されているのかについて明らかにすることを目的とする。</p><p></p><p>2 方法</p><p>本研究では,日本におけるトチノミ利用の西限にあたる中国山地の複数の地域を対象に調査を実施した。中国地方全域におけるトチノミ利用の歴史や現状に関しては,郷土資料等による文献調査を行った。また広島県安芸太田町をはじめ複数の地域において,トチノミ利用に詳しい住民への聞き取り調査を2019年から断続的に実施した。</p><p>3 結果と考察</p><p>聞き取り調査を実施した地域のひとつである広島県安芸太田町では,かつてほとんどの世帯でトチモチがつくられてきたが,現在では自らトチノミを採集し,アク抜きを行う世帯はほとんどみられなくなった。他方,同地域では商品化したトチモチを販売する企業以外に,A氏(女性)がアク抜きをしたトチノミを販売していた。</p><p>A氏がアク抜きをしたトチノミは,周辺地域の知人を中心としたネットワークのなかで販売されていた。そのため,同地域におけるA氏の存在は,技術や手間を要するアク抜きという工程なしに購入者がトチモチをつくることを可能にしていた。他方,A氏は高齢のため採集に行く機会が減少していることから,購入者が採集してきたトチノミのアク抜きを請け負う場合もみられた。</p><p>A氏はアク抜きに関する知識や技術を親や親戚から教わってきたのではなく,同集落においてかつてトチモチを販売する事業を行っていたB氏(男性)に偶然教えてもらったという。また,現在は,A氏のもとにはC氏(女性)がトチノミの採集やアク抜きの作業を習いに来ていた。</p><p>上記のように,アク抜きの知識・技術を有する人が減少するなか,かつては各家庭で行われてきた採集・加工・消費までの一連のプロセスは,ネットワーク的な繋がりのなかで分担・委託されることによって成り立っていた。また,継承についても各家庭ではなく,より広い範囲での繋がりのなかで保たれている可能性が示唆された。</p><p></p><p>文献:藤岡悠一郎・八塚春名・飯田義彦 2015. 滋賀県高島市朽木地域におけるトチモチの商品化. 人文地理 67(4): 40-55.</p><p></p><p>付記:本研究はJSPS科研費「日本列島における採集林の成立要因と変遷に関する地理学的研究(代表:藤岡悠一郎)」(20H01388)の成果の一部である。</p>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2022a (0), 99-, 2022
公益社団法人 日本地理学会