神功皇后図像の再検証

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Reexamination of the Iconography of Empress Jingu:
  • The Transformation of the Iconography after the Annexation of Korea and after the War from the Perspective of Gender
  • ――ジェンダーの視点から⾒た、韓国併合後/戦後における図像の変容――

抄録

<p>神功皇后の「三韓征伐」伝説は、海外侵略戦争を正当化し、皇国史観涵養の上での重要なエピソードとして、為政者や一部知識人の間で繰り返し取り上げられてきた言説である。同時に、神託に従って海を渡り、朝鮮半島を征服したという「三韓征伐」は、祭礼や演劇などを通して庶民にも広く浸透していた1 。「三韓征伐」に代表される神功皇后伝説を題材とする表象は、低年齢層向けの書誌に限らず、絵馬や浮世絵、五月人形と、様々な媒体を通して国内で共有されていた。先行研究において、そうした神功皇后表象への解釈が行われる場合、大日本帝国時代の軍国主義・皇国史観への反省と批判を踏まえ、紙幣・国債・絵馬・絵葉書などに描かれた神功皇后の図像を「三韓征伐」イデオロギーを下敷きとした「国権拡張のシンボル」2 「近代日本帝国のアレゴリー」3 「戦争プロパガンダ」4 として読み解かれることがもっぱらである。</p><p>神功皇后表象が、朝鮮半島への征服・優越意識を掻き立てる戦争プロパガンダとして機能してきた歴史的事実は先行研究によって明らかにされてきた5 。同時に、明治天皇の御真影の制作者であるお雇い外国人キヨッソーネによる、1881 年の改造紙幣に代表される神功皇后イメージは「国家的母性(戦士の母)」6 「王家の肖像/国母」7 として、近代国民国家において重要な女性規範と結びついていた。しかしながら、長志珠絵が指摘したように「女性兵士と産む身体を兼ね備えた」神功皇后は「近代国家が前提とした性別役割やその規範からみて明らかに逸脱する存在」であり8 、キヨッソーネによる神功皇后イメージの流通後も、依然として近代性別規範の不適合者であった。長は「日清・日露戦争という対外戦争を経て、戦争の体験が社会化していく」過程で、そうした神功皇后イメージが「急速に変質させられ」いずれは「消去される」と述べているが、実際にどう変質し、いつ消去されたのかについては検証されていない9 。</p><p>そのため、先行研究は根本的な問題として次の三点を抱えている。一つ、神功皇后表象は通史的に分析されず、時代ごとの特色を精査、図像の類型化も行われぬまま、「三韓征伐」と結びついた不変のイメージとみなされる傾向にある。二つ、1910 年の韓国併合のほか、神功皇后図像に多大な影響を与えたであろう1945 年の敗戦を経て、神功皇后図像がどう変化したかを取り上げた先行研究が管見の限り見当たらない。三つ、「男装し、軍を率いた」「60 年以上、国を統治した」神功皇后は、明治政府の推進した男性天皇の擁立と近代性別規範と真っ向から対立するが10 、その齟齬をいかに解消したか、ほとんど言及されていない。加えて、ジェンダーの視点から神功皇后表象への分析する場合、その対象がキヨッソーネの神功皇后イメージに集中しているため11 、それ以外の神功皇后表象についても取り上げる必要がある。</p><p>そこで、三つの理由から、国会図書館デジタルコレクション(以下、DC と略す)が所蔵する電子書籍を調査対象として選択した。第一に、国会図書館の収集対象には雑誌や古典籍も含まれ、母数となる書籍数が膨大なこと。第二に、納本制度導入以前は網羅的な収集・保管が行われておらず、一部欠損等の問題を抱えてはいるが、発行時の文脈を参照しながら、挿絵を読み解くことができること。第三に、書籍の出版年によって、描かれた神功皇后図像の流通時期が判明するため、通史的に神功皇后図像を分析し、その変遷を辿る上で適切であること。2017 年の調査時点で、国会図書館が所蔵する約4000 万冊のうち、約260 万冊の書籍がデジタル化された状態で国会図書館 DC に保存されていた。そこに「神功皇后」とキーワード検索をかけ、ヒットした1141 件を一冊 づつ調査し、1825 年から1999 年に発行された書籍より、年代不明分も含む図像データ全225 件に描かれている登場人物・服装や髪型、持ち物、場面などを精査し、年代順に取りまとめた。ただし、この方法では、調査対象が書誌の挿絵に限定される。そこで、2020 年に浮世絵や掛軸などの美術品に描かれた神功皇后図像の精査を行うべく、世界中の美術館・博物館の集合データベース Cultural Japan を同上の方法で調査し、ヒットした3267 件より、1725 年から1926 年に制作された 年代不明分を含む43 件の図像データを新たに付け加えた。</p><p>収集した神功皇后図像データ全268 件を類型化し、通史的に分析したことにより、それまで「三韓征伐」イデオロギーと結びついた不変のイメージとして扱われてきた神功皇后イメージが、制作された時期の風潮や世相、政治思想の影響を受けることによって変化してきたことが明らかとなった。本研究ノートでは、1910 年の韓国併合と1945 年の敗戦を画期として、「①1725 ~1910 年 韓国併合前」「②1910 ~1945 年 韓国併合後から敗戦まで」「③1945 ~1999 年 戦後」の三つに区分した各年代における「典型的な神功皇后イメージ」が前段階と比較してどの様な変容を遂げたのか、また、近代性別規範を脅かさない神功皇后観の生成時期を明らかにすることを目的としている。</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390012269027746944
  • DOI
    10.11365/genderhistory.17.49
  • ISSN
    18849385
    18804357
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ