北部九州の弥生時代人達 : いわゆる渡来系形質について

DOI HANDLE オープンアクセス

書誌事項

タイトル別名
  • Jomon Potteries from the Kasori shell mound in the Gyokusen-kan Collection: Study Ⅱ of archaeological materials in the Gyokusen-kan Collection

この論文をさがす

抄録

本研究では,縄文時代の人々とは大きく異なる顔面形質を有するとされ,しかし,1989年以降その地域性に関して網羅的な検討がなされていない北部九州・山口地域の弥生時代人骨の頭蓋形質の地域性に関する検討を行った.1953年に山口県土井ヶ浜遺跡と佐賀県三津永田遺跡の発掘によって弥生時代の人骨が発見され,金関丈夫はこれらの資料をもとに,「渡来説」を提唱した.縄文時代人骨と比べると大きく異なる特徴をもつ北部九州・山口地域の弥生時代人骨の形質の由来や拡散過程,地域性を明らかにすることは自然人類学史上重要な課題である.しかし,1989年に弥生人について網羅的にまとめられて以降,頭蓋形質,特に顔面部の地域性に関する検討は西北九州と南九州,そして北部九州・山口地域という明確に形質の異なる3地域にわけた比較のみが行われてきた.その結果,縄文時代の人々と形質が大きく異なる点が強調され,北部九州・山口地域一帯に均質な形質を有する「渡来人」が出現するイメージが形成されつつある.そこで弥生時代の北部九州・山口地域内の頭蓋形質,特に顔面部の形質についてその地域性と個体の形質の地域差について再検討を行った.本研究の結果,縄文時代の津雲・吉胡や西北九州の弥生時代人骨と比べると男女ともに北部九州・山口地域の人々は共通して高顔傾向が強い集団であること,響灘沿岸部はその中ではやや高顔傾向が弱く,北部九州地域内においても若干の地域性が存在することが明らかとなった. 個体レベルでの分析を行うと高顔な個体と低顔な個体はいずれの地域のどの時期においても存在すること,北部九州地域の縄文時代人骨や西北九州地域弥生時代人骨と比べると形質のヴァリエーションが豊富であることがわかった.考古学や古DNA 分析の結果をふまえると,列島の在来の人と渡来人との混血と急激な人口増加によっていわゆる渡来的弥生人は生じており,その混血の結果、本研究で示された形質的ヴァリエーションが生じたのではないかと考えられる.その観点から考えるとこれまで在来系と強調されてきた新町遺跡においても混血が進んでいた可能性が指摘できる.

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390014183332660608
  • NII書誌ID
    AA11909273
  • DOI
    10.15017/6777094
  • HANDLE
    2324/6777094
  • ISSN
    13483080
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • IRDB
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用可

問題の指摘

ページトップへ