ネパール,サガルマータ国立公園クムジュン村の牧畜のいま

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  • The current state of livestock herding in Khumjung village, Sagarmatha National Park, Nepal

抄録

<p>はじめに ネパールのサガルマータ国立公園では、登山・</p><p>トレッキングの中心地として観光開発が急速に進んでいる。</p><p>観光開発は自然環境や現地の住民である,いわゆるシェル</p><p>パの社会に大きな変化を生じさせてきた。シェルパが長年</p><p>行ってきた牧畜業も観光の影響を大きく受けた(Brower </p><p>1991)。ナク(メスヤク)を中心としたかつての放牧パター</p><p>ンが縮小し、オスヤクが集落周辺に長期的に配置される「新</p><p>しい放牧形態」が誕生したと言われている (Brower 1991)。</p><p>しかし Stevens (1993)がナク中心の伝統的移牧の詳細を記</p><p>録して以来、この地域の最新の牧畜形態は明らかにされて</p><p>いない。本研究では、観光開発の外圧によるシェルパを中</p><p>心とした牧畜業の変容をみるべく、現在行われている放牧</p><p>パターンを明らかにすることを目的として社会調査を行っ</p><p>た。古くから牧畜業が盛んであった村の一つであるクムジ</p><p>ュンを対象とし、2022 年 11 月にこの村の家畜飼育者 28 人</p><p>に対してインタビュー調査を実施した。</p><p>家畜の頭数 自治体に登録された家畜数データによると、</p><p>2019〜2020 年のクムジュンの家畜頭数は、ヤク 156 頭、</p><p>ナク 115 頭、ゾプキョ 53 頭、ゾム 27 頭、メスウシ 82 頭、</p><p>オスウシ 23 頭、合計 456 頭(ウマとミュールは除く)で</p><p>あった。</p><p>家畜の所有 クムジュンには、家畜の所有規模と家畜の種</p><p>類によって3つの家畜所有パターンにわけることができた。</p><p>ウシのみを飼う世帯、荷役獣のみを飼う世帯,そして家畜を</p><p>数種類飼う世帯のパターンである。</p><p>家畜の放牧方法 家畜の放牧は数世帯が集まるグループ単</p><p>位か、各世帯が自分の家畜のみを放牧する世帯単位で行わ</p><p>れている。ただし、グループ単位で行われるのはウシのみ</p><p>を飼う世帯間に限られており、ほかは世帯単位で家畜を放</p><p>牧している。ウシのみを飼う世帯は、ゴタロと呼ばれるグ</p><p>ループ内のリーダーに自分たちのウシを夏の期間預ける。</p><p>ゴタロは預かったウシを引き連れ、高所にある私有地で放</p><p>牧している。</p><p>放牧経路のパターン 現在クムジュンで行われている家畜</p><p>の放牧経路は3つのパターンに区分できる。1つ目は、家</p><p>畜を一年の大半クムジュンで放牧し、ナワ制度(家畜が村</p><p>に滞在できる期間を規制する制度)が適用される夏のモン</p><p>スーン期にゴーキョ谷で放牧するパターンである。クムジ</p><p>ュンの滞在期間は8〜10 か月と長く、ゴーキョ谷の滞在期</p><p>間は 2〜4 か月と短い。2 つ目は、家畜をクムジュンと高所</p><p>にある私有地一か所で放牧するパターンである。家畜をそ</p><p>れぞれの場所に配置する時期と期間は世帯によって異なっ</p><p>ている。多くの世帯は1つ目のパターンと同様にナワ制度</p><p>が適用される夏の期間のみ家畜を高所の私有地に移動させ</p><p>ていたが、1 年の大半を高所にある私有地で放牧する世帯</p><p>も数件ある。3 つ目は、家畜を 1 年の中でクムジュンを含</p><p>めた 3 か所以上の私有地で放牧するパターンである。家畜</p><p>がクムジュンに戻ってくる時期は9〜11 月の間であり、滞</p><p>在期間は長くても 4 か月である。</p><p>グンサの使用状況 ナクを中心としたかつての典型的な放</p><p>牧パターンは、カルカ(夏の放牧地)と母村よりも低い標</p><p>高に位置するグンサ(冬の放牧地)の間を季節的に移動す</p><p>る放牧形態であった。しかし本調査では、グンサを実際に</p><p>放牧地として利用しているクムジュンの村人はわずか 4 人</p><p>しかいないことがわかった。Stevens (1993)によると、ク</p><p>ムジュンの住民のグンサは 6 か所あったとされているが、</p><p>本調査では、現在は 4 人が 2 か所のグンサを利用している</p><p>にすぎないことがわかった。かつてのグンサが、現在は低</p><p>地からの移住者に母村として利用されている例もあり、グ</p><p>ンサが冬の放牧地という本来の役割を失いつつあることも</p><p>明らかになった。</p><p>終わりに 現在この地域で行われている牧畜は、1990 年代</p><p>半ば頃とは大きく異なっている。観光開発によって異なる</p><p>家畜種の需要の変化や牧畜従事者の減少(高齢化)などの</p><p>要因が「現在」の放牧を形づくっている。同時に今回の調</p><p>査では、ウシをつい最近飼い始めた人や荷役獣を数年前に</p><p>手放した人、オスの家畜のビジネス利用をやめた回答者も</p><p>いた。このような人びとの存在によって、近い将来「現在」</p><p>の牧畜形態がさらに変容していく可能性があると考えられ</p><p>る</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390014194595858176
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_130
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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