イッテルビウム化合物を用いた1K以下の極低温生成のための磁気冷凍材料の開発

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タイトル別名
  • Developments of the Yb-Based Magnetic Refrigerants for Cooling Down below 1 K

抄録

<p>絶対零度付近で起こる物性物理学の基礎研究の対象が,磁気冷凍という技術に応用され新たな展開を見せている.近年,絶対零度付近に大きな比熱,即ちエントロピーを持つイッテルビウム(Yb)化合物が,磁場を使うことで,1 K以下まで冷却できる磁気冷凍材料として実用可能であることが分かってきた.</p><p>現在,0.1 Kを下回る極低温を生成する手段としては,希釈冷凍法が主流である.しかし希少なヘリウム3ガスに加え,ガスを循環させる複雑なシステムが必要であるため,手軽に冷やすことはできない.一方,磁気冷凍は,磁場を印加した磁性体材料を断熱環境下に置き,磁場を下げるだけで冷却できる.断熱環境下ではエントロピーが不変のため,磁場掃引において磁気モーメントの乱雑さを保とうとする分温度が低下する.</p><p>このように磁気冷凍は,シンプルな原理で冷やすことができるため,適切な磁性体が見つかれば,極低温生成のハードルを下げることができる.しかし,現在までに実用化されている極低温用の磁気冷凍材料は,到達温度が比較的高い酸化物のガーネットや,0.1 K以下まで到達できるものの,不安定で扱いにくく,熱伝導率が低く熱を伝えにくい常磁性塩のみである.</p><p>希土類元素のひとつであるイッテルビウム(Yb)を含む化合物は,磁気秩序を示す場合でも,磁気モーメント間の相互作用が弱いため,磁気相転移温度が1 K以下である場合が多く,極低温用の磁気冷凍材料として有力である.さらに性能向上のために,磁気相転移温度を下げ,エントロピーをより低温側まで保持する機構として,以下の二つの効果がある.一つは,Ybの結晶中での配置によりYb3+の磁気モーメント間の磁気相互作用が互いに競合し,一つの安定した磁気秩序構造を取りにくくする“幾何学的フラストレーション”効果である.もう一つは,Ybの持つ磁気モーメントと金属中の伝導電子の相関効果である.これにより伝導電子が大きな有効質量を持つ“重い電子状態”が形成される.</p><p>我々は上記の効果に着目し,比熱などの物性測定を通じて,高性能で使いやすい極低温用のYb系磁気冷凍材料を探索してきた.具体的には,幾何学的フラストレーション効果を利用した三角格子量子磁性体KBaYb(BO32および,重い電子状態形成を利用した(Yb, Sc)Co2 Zn20,YbCu4Niである.前者は磁気冷凍による最低到達温度が0.02 Kと非常に低く,後者は金属であるため,1 K以下で問題となる熱伝導率の急減がない.我々はさらに,これらの大型試料を合成し,それを市販の冷凍機に搭載して,実際に磁気冷凍の試験を行い,十分に実用に耐えうることを実証した.</p><p>現在までにYbを含む化合物は数多く知られており,磁気冷凍の鍵となるエントロピー特性は様々であるが,冷却材としての報告はまだごく少数しかない.したがって今後,基礎物性研究と応用材料開発をつなぐ学際的研究として,大いに発展するかもしれない.さらに,極低温は物性研究だけでなく,宇宙物理学や量子情報分野にも必要とされており,本研究をきっかけとして,様々な科学者にとって極低温環境が身近になることを期待している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (8), 461-466, 2023-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390015564790829824
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.8_461
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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