日本における半自然草地史研究とその課題

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タイトル別名
  • Studies on the History of Semi-natural Grassland in Japan and its Issues

抄録

<p>日本で「半自然草地」という言葉を初めて用いたのは沼田(1969)である。完新世以降の日本の温暖で湿潤な気候下では,ほとんどの場所は何らかの攪乱がない限り森林へと遷移する。そうしたなか本来森林となる場所で,人の火入れ・放牧・刈取りによって維持されている草地を半自然草地という。火は世界中で半自然草地を維持するために利用されてきた。近年アジアやアフリカでは焼畑,過放牧,プランテーション等よる森林荒廃,草地化が問題となっている。一方でヨーロッパや東アジアでは伝統的な草地利用の中止や変更に伴う生物多様性の減少が課題となっている。近世以降の日本の農山村では肥料,牛馬の飼料,屋根用茅等として草が大量に採取され,集落周辺には広大な草地が広がっていた。牛馬は運搬や農耕の他,厩肥を生産するために盛んに飼育されていた。近世には金肥も普及したが,山地では依然として草肥が主で近世末には“はげ山”景観がみられた地域もあった。しかし戦後の燃料革命により化学肥料やトタン屋根が普及し,農業の機械化がすすむと草地利用は著しく減少し,現在半自然草地はほとんどみられなくなった。そうしたなか草原性の生き物の中には著しく数を減らすものも出てきた。1990 年頃から国や都道府県等によって絶滅の危機に瀕する生き物をリストアップするレッドリストが作成され,これにより植物や昆虫のレッドリスト掲載種の多くを草原性の種が占めていることが明らかとなった。現在の半自然草地は希少な生き物が生育する場としての価値も有するようになり,各地で草地保全活動が行われている。日本で減少している草本植物の中には東アジアの草甸の植物と共通するものが多いことから,それらは氷期に日本列島に渡ってきて完新世以降は里山や草地,河原等をレフュジアとして生き残ってきたと考えられている。近年減少している昆虫類もまた半自然草地を生息地として生き延びてきたと考えられている。そして希少種が生息する草地の多くが黒ボク土であることから,半自然草地は縄文以降の人の継続的な火入れにより維持されてきたと推測されている。黒ボク土は火山周辺等でみられる土壌であるが,古くから人の草地への火入れが成因ではないかと考えられていた。阪口(1987)は関東地方の縄文期の堆積物に大量に含まれていた黒い灰を台地上での人の火入れに由来すると考え,ローム層を厚く覆う黒ボク土との深い関わりを類推した。その後,黒ボク土は1 ㎜に満たない炭(微粒炭)を多く含むこと,微粒炭の起源となった植物はススキ等の草本が多いこと,土壌の放射性炭素年代測定や土壌に挟まれた火山灰層の年代から黒ボク土の生成開始が数千年前から1 万年前に遡る場合が多いことが明らかとなった。近世に採草地や放牧地を維持するため火入れが盛んに行われたことは知られているが,中世以前の火入れの目的はよくわかっていない。考古学者の藤森栄一は縄文中期の中央高地では焼畑に近い農耕が行われていた可能性が高いと述べた。阪口は縄文期には火を用いて野生動物を追い出す焼狩が行われていたと推測した。植物考古学の中山は中央高地の縄文土器の植物圧痕の調査から,縄文早期から前期にダイズやアズキ,エゴマ等の栽培化が始まっていた可能性を指摘した。そして福井(1983)の遷移畑論を援用し,栽培化は火入れや伐採により二次林を管理するなかで始まったと考えた。二次植生は人の食用植物が豊富で,野生動物にとっても格好の餌場となり狩猟の場ともなった。民俗学の宮本常一は,縄文期の人々は原野で狩猟をしながら暮らしていたが,農耕が発達した弥生時代以降は耕地の外に垣を築いて獣害を防ぐようになり,古墳時代以降の台地や火山山麓ではその垣外で牛馬の放牧が盛んになった,中世以降垣外で農地開発がすすむと,牧は東北地方に移動し,東北地方では厩肥を生産するため厩飼が始まり農地が増加したと述べた。このように,現在残る日本の半自然草地は縄文時代以降の継続的な火入れによって維持されてきたこと,中世以前の火入れの目的として狩猟,焼畑,放牧が推測されているが,それを実証的に検討したものはほとんどない。地理学では,これまで近世・近代の森林荒廃の要因,放牧山村の歴史的展開過程,野生動物の分布変動,近代の山村における有畜農業や自然資源利用,近代以降の草地利用変化等に関する研究がなされてきた。これらを踏まえ,半自然草地の歴史を遺跡・遺物の分布,古文書・絵図・地籍図,人々の語り等様々な資料を用いて検証することが地理学には求められている。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390016128781661056
  • DOI
    10.14866/ajg.2023a.0_135
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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