ゲージ・重力対応におけるテンソルネットワーク

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タイトル別名
  • Aspects of Tensor Network in Gauge/Gravity Duality

抄録

<p>アインシュタインの一般相対性理論によれば,質量を持った物質の周りでは,時間の流れも空間的距離も歪められており,その効果が重力として現れる.この一般相対性理論は,これまで重力の関わる現象の記述に極めて大きな成功を収め,現在も数多くの検証に耐え続けている基礎理論である.一方で全ての物質は,量子力学によって記述されると信じられている.それでは一般相対性理論はどう量子力学によって記述されるのであろうか? 残念ながら,この問題に対する答えは現在に至るまで確立していない.というのも重力の量子論である量子重力理論の定式化には,様々な未解決問題が存在しているためである.</p><p>四半世紀前,この困難な量子重力理論の定式化に光明を与える重要な関係が予想された.この予想とはゲージ・重力対応,あるいはAdS/CFT対応と呼ばれる予想である.ゲージ・重力対応とは,境界を持つ時空における重力の量子論と,時空境界で定義される,空間次元が低い重力を含まない量子論とが等価であるという対応関係である.もしこの予想が正しいとすれば,境界を持つ時空の量子重力理論を,重力を含まない量子論から定量的に調べられる.</p><p>それでは空間次元が低い重力を含まない量子論から,どのようにして,重力理論や新しい空間次元が現れるのだろうか? この疑問はゲージ・重力対応の原理にも関わる重要な疑問である.近年の重要な進展の一つは,笠–高柳公式に代表される,境界上の量子論の量子エンタングルメントと重力理論の時空の幾何との間に存在する,密接な関係の発見である.笠–高柳公式を用いれば,時空の計量やアインシュタイン方程式を探ることが可能である.</p><p>それではさらに一歩進んで,時空の幾何そのものを境界の量子論から導出することは可能だろうか? そのような導出の方法として有力とされる候補が,Multiscale Entanglement Renormalization Anzatz(MERA)と呼ばれるテンソルネットワークの一種による方法である.テンソルネットワークとは,量子状態の量子エンタングルメントの構造をテンソルのネットワークにより幾何学的に表現したものであり,量子状態を効率的にシミュレート可能にする.特にMERAのテンソルネットワークの場合には,量子状態の量子エンタングルメントの構造が,笠–高柳公式と同様な関係式によって記述される.この事実から,ゲージ・重力対応における時空の幾何と,境界の量子論のMERAのテンソルネットワークとが等価であると予想されるに至った.この予想から,テンソルネットワークはゲージ・重力対応の時空の模型として幅広く重要な役割を果たしてきた.</p><p>筆者らはこの対応関係が定量的に成立するかどうかを調べるため,MERAのテンソルネットワークを,2次元のスケールの無い量子論において一般的に構築する方法を開発した.そして量子状態のテンソルネットワークの幾何は,テンソルネットワークが最も効率的に量子状態をシミュレートしている時に,ゲージ・重力対応の時空の幾何と一致することを複数の場合に見出した.標語的には,ゲージ・重力対応の時空の幾何は,「最適化」されたテンソルネットワークの幾何から構成されていることになる.</p><p>時空の幾何をテンソルネットワークと読み替えることで,ゲージ・重力対応に関する,様々な有益な知見を得られる.まず時空の部分領域をテンソルネットワークに読み替えれば,ゲージ・重力対応の境界のない時空への一般化である,曲面/状態対応を得ることができる.そして曲面/状態対応を用いることで,新しいクラスの幾何学量と,量子情報理論的量との間の対応関係が発見されるに至っている.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 79 (3), 129-134, 2024-03-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390017887629696384
  • DOI
    10.11316/butsuri.79.3_129
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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