不易流行のセミオケミカルによる昆虫行動制御

  • 秋野 順治
    京都工芸繊維大学 応用生物学系 生物資源フィールド科学教育研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • フエキリュウコウ ノ セミオケミカル ニ ヨル コンチュウ コウドウ セイギョ

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抄録

<p> 1.はじめに</p><p> 2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」,そこで国際目標として掲げられた“SDGs”は,人目を惹く標語やカラフルなロゴマークの効果も相まって,日本国内でもかなり注目を集めており,産業界のみならず研究・教育の現場でもその適合性が問われるほどに大きな影響を及ぼしている。とはいえ,実際にそこで示された一つ一つの目標自体は,いずれも取り立てて目新しいトピックというわけではなく,既に取り組みがなされているものも少なくはない。例えば,“持続可能な生産と消費のパターン形成”については,本質的に,農業等の一次産業が今日まで追及し続けてきたものと大いに重なり合う。収奪農業でない限り,農業の礎は,持続的な“有用生物資源の生産と利用”にあり,これまでにも“持続可能な農業”の実践に向けて“低環境負荷型かつ循環型の生産”を目指してきたと言える。実際に,灌漑等の栽培環境整備や,各種耕作機器等の農作業機械や肥料等の栽培技術の改良・革新,栽培環境に即した作物の品種改良や病害虫駆除・防除の技術改善が継続的に行われてきた。近年では,“スマート農業”(農林水産省;令和元年〜4年)として,栽培生産・流通の工程管理に対するAI等先端技術を導入するシステム構築も進められており,集約化と効率化が図られている。</p><p> 病害虫対策においても様々な技術革新が図られており,病害虫に対する抵抗性を獲得させた遺伝子組み換え作物─いわゆるGM作物も海外では既に実用的に生産されている。日本国内では,2022年現在食用としてのGM作物栽培はおこなわれていないものの,8種類323品種で食品としての使用が認められており,海外から年間数千万トンのGM作物が輸入され食品として直接・間接的に消費されている(農研機構2022)。そのため国内生産される栽培作物の病害虫対策については,従前の化学農薬等を用いる防除法で対応しているのが現状である。しかし,化学農薬に関しては,急性毒性をはじめとする健康被害へのリスクや環境毒性が問題化したことを受け,天敵生物などの生物農薬やフェロモン剤を利用した総合的害虫防除(Integrated Pest Management:IPM)や総合的生物多様性管理(Integrated Biodiversity Management:IBM)への移行が図られてきた。化学農薬は,その薬効特性から,特定の生物種のみに効果を表すのではなく,時に生態系において有益な生物種に対してすらもその効果を及ぼしてしまうのに対して,IPMやIBMは生物種間相互作用やその作用因子の活用を見込んでいるので,その効果発現が特定の生物種や生物種群に限定的であることが期待される。その結果,防除対象以外の生物種に対する悪影響が抑えられることから,環境負荷の低減に大きく貢献することとなり,持続的な環境利用と資源生物生産の実現に大いに貢献することになる。本稿では,フェロモン剤をはじめとした各種セミオケミカル(semiochemicals)剤による病害虫の管理とその利用可能性について概説する。これらの剤をもちいた昆虫行動制御技術は,今となっては,目新しい革新的技術ではない。IPMやIBMへの移行が唱えられてから数えると,凡そ30年の研鑽を積んできた“古き”手法である。しかし,生産・消費の持続可能性に注目があつまり,それを支える生物多様性の重要性が叫ばれる今日だからこそ,改めてそれらの手法を振り返り,その有効性を紹介しようと思う。</p>

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