地方消滅論は現実なのか?政策的な修辞なのか?

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  • Is the argument of“Disappearing Regional Localities” a reality? Or political propaganda?

抄録

<p>1.はじめに</p><p>2040年までに全国の市町村の約半数が消滅する可能性があるとした増田レポート(2014)の衝撃的な予測が公になってからすでに10年が経っている。その間,「地方消滅」は近未来の現実として受け止められ,内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され,各自治体は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定が求められた。その内容は自治体によって若干の違いはあるものの,核となるのは将来人口推計をもとに30年後に約80~90%人口を維持するためには毎年何組の移住者が必要であるという「移住増加モデル」であった。この総合戦略が増田レポートのショックに対するアンチテーゼ的な性格を強く帯びていることを勘案しても,結果的に過疎問題の本質を再び人口問題に矮小化したと言わざるを得ない。</p><p>ところで,「地方消滅」という用語から伝わってくるイメージは何だろうか。一般的にはある自治体が丸ごと急になくなることではないだろうか。しかし,現実ではそのようなことは起こりえない。起こりうることは自治体としての維持が困難となり,周辺の自治体に編入されることだろう。そこで疑問が生じる。ほかの自治体への編入ないし統合が「消滅」なのか。行政区域が再編されると,そこに住んでいた人々や集落がなくなるだろうか。そうではない。自治体の統廃合により合併される側の行政サービスが著しく低下することはすでに経験済みであるが,自治体の統廃合が,ある地域が丸ごと急になくなるといった文字通りの地方消滅ではないはずである。したがって,自治体の統廃合の可能性を「地方消滅」という刺激的な用語で心理的恐怖を助長することは,社会的に警鐘を鳴らそうとする意図があるとしてもなお行き過ぎた主張だと言わざるを得ない。2.選択と集中および地方消滅論でいう「地方」とは</p><p>地方消滅論でいう「地方」とは何を指すだろうか。増田レポート等では市町村単位の自治体を想定しているように思われる。しかし,ある自治体が丸ごとなくなることは起こりえないとするならば,消滅の可能性があるのは自治体ではなく,集落レベルだろう。実際に集落レベルでは廃村もそれほど珍しくない。つまり,消滅危機の地方とは自治体ではなく,過疎地域の集落である。したがって,地方消滅前に財政の「選択と集中」で国土を再編しなければならないとする増田レポートの主張は,結果的に地方中心都市への集中と農村の切り捨てに帰結してしまう。過疎地域の立場からは,栄養不足で衰弱になっている患者に全身麻酔の手術を勧めるような処方箋に他ならない。3.地方消滅論と田園回帰論:二卵性双子</p><p>増田レポート(2014)が発表された直後に,小田切(2014)は近年の大都市から地方への若年層を中心とする自発的な人口移動の動きに注目し,著書『農山村は消滅しない』で農山村の強靱さを浮き彫りにし,田園回帰論を主張した。小田切(2014)の主張は,農村と地方に対して,増田レポート(2014)とは全く異なる認識から出発しているが,結果的に過疎問題の本質をまたも人口(問題)に矮小化させてしまったと言わざるを得ない。その結果,過疎地域の現場では毎年何組の移住者があれば,現在の人口の7~8割程度を維持できるといった数字の一人歩きが横行し,過疎問題は再び人口という数字の罠に落ちいてしまった。小田切(2014)は,増田レポートのショックに対するアンチテーゼとして出されたことを勘案しても,昨今の過疎地域をめぐる議論を再び人口(問題)に矮小化させてしまったことから,増田レポートの「二卵性双子」と批判されても仕方ないだろう。</p><p>4.「人口」は地域再生の結果であり,前提条件ではない</p><p>発表者は過疎問題の本質について,人口減少それ自体よりも人口減少や人口密度の低下が社会的な問題に化す構造的なコンテクストにあり,外部環境の変化の激しさに耐えられず,村落社会のもつ自己調整メカニズムが機能しなくなった,社会的なアノミー現象(金,1998)と指摘したことがある。すなわち,日本の過疎問題は歴史的にも地域的にも限定的な条件のもとに生じた社会現象であり,人口減少や人口密度の低下が過疎問題の本質ではない。また,現在は急激な人口減少による社会的なアノミー現象もおさまり,日本の過疎地域は高齢化低人口密度社会として一定の安定を取り戻していたと思われる。むしろ,平成の大合併以降の行政サービスの低下が問題となる「ポスト過疎」の時代に入っていると考えられ,過疎地域の将来は人口規模の維持そのものより,地域自治組織の再編にかかっている。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390018384729577984
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_249
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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