神楽の継承と近隣神楽団との関係性に関する研究

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タイトル別名
  • A Study on Kagura Succession and the Relationship among Neighboring Kagura Troupes
  • A Case Study of Hohin Kagura in Miyagi Prefecture
  • 宮城県北部の法印神楽を事例として

抄録

<p>1.はじめに</p><p> 岩手県南部から宮城県北部にかけての地域では,修験者とその末裔(法印,神職)をはじめとする男性たちが「法印神楽」を継承してきた。宮城県内では約30の法印神楽の団体(神楽団,保存会)が組織され(千葉:2000),これらは団体ごとに神楽の台詞・所作,楽器の構成,笛の旋律,胴(太鼓)の拍子,衣装,舞台装置などに差異がみられる。近世期には修験世帯の男性のみが法印神楽を継承していたが,近代以降,宗教政策の影響や経済的な事情により,その担い手は減少した。このような状況を受け,法印をはじめとする舞手(神楽師)は近隣の団体と合流する,他団体に神楽師の派遣を依頼するなどして人手の確保に努めた(千葉:2000)。本発表では宮城県北部の法印神楽保存会に注目し,昭和期以降,これらの神楽師たちがどのように近隣の他団体・神楽師と交流し,その関係性がいかなる影響をもたらしたか/もたらすかについて,現地調査(2023年10月実施)の成果をもとに具体的に報告する。</p><p></p><p>2.法印神楽の団体・神楽師間の交流とその影響</p><p>事例1 北上町女川法印神楽保存会・本吉法印神楽保存会</p><p> 昭和期以降,女川法印神楽保存会は近隣の本吉法印神楽保存会と連携し,南三陸町・石巻市の祭礼で法印神楽を奉納してきた。女川法印神楽保存会の前会長A氏(80歳,23歳で入門)はその中心人物の一人で,神楽の指導者(胴取り)を長年つとめてきた。通常,一人前の神楽師になるには10年以上の経験を要するが,彼は入門3年目で神楽師に必須とされる技術・知識を習得し,近隣の神楽師から天才だと讃えられた。これを契機として,A氏は雄勝(現石巻市雄勝町)の神楽師から,毎年,雄勝の祭礼で演舞するよう依頼が入るようになった(このような依頼はA氏が仙台市に一時的に移住した際もあった)。雄勝での初舞台の時に,A氏は神楽の演奏が自身の団体のものと異なることに気付き,「おらほ(自分たち)の神楽と違う」と戸惑い,舞台上で「一瞬固まってしまった」という。女川法印神楽保存会と本吉法印神楽保存会の神楽師たちは相互に,また両団体は雄勝法印神楽保存会をはじめとする近隣の団体と,胴の拍子などに多くの相違点があることを明確に把握している。その一方で,女川法印神楽保存会・本吉法印神楽保存会は,長年交流のある近隣の団体(雄勝法印神楽保存会など)に対し,「自分たちとほぼ同一の組織で,結の仲間のような間柄だから,神楽師を派遣し合うのは当然のことだ」と認識している(本吉法印神楽保存会の会長C氏による)。</p><p></p><p>事例2 上町法印神楽保存会</p><p> 上町法印神楽保存会は登米市豊里町を活動拠点とし,上町法印神楽を継承する団体である。毎年,同団体は産土社(稲荷神社)の祭典で神楽を奉納している。上町法印神楽保存会の前会長D氏(73歳)は胴取りを長年担ってきた人物である。2010年代に,D氏はそれまで交流する機会のなかったA氏(事例1)と面識をもつと,A氏に,上町法印神楽保存会の神楽師2名の弟子入りを打診した。一般的に,神楽師は「自身の団体の神楽が最良だ」と認識するがゆえに,他団体の神楽師に弟子入りすることは稀で,D氏が「若かった頃」にはこのような機会はなかった。D氏がA氏の元に2名の神楽師を送り出したのは,この両名が他団体の神楽の長所(優れた所作や舞台装置など)を上町法印神楽に取り入れ,その質を高めることを期待したからである。D氏は上町法印神楽の伝統的な性質・様式を損なわないのであれば,神楽師たちが他団体の神楽を習得したり,視察したりして知識・技術を獲得し,これをもとに「上町法印神楽を変えること」に対して肯定的な姿勢を示してきた。実際に,A氏の弟子となった神楽師のうちの1名は,3団体の神楽に係る知識・技術を習得し,これらを混同することなく舞を奉納できる人材へと成長し,神楽師としての活動範囲を拡大させている。</p><p></p><p> 以上示した事例から,神楽師が近隣の団体・神楽師と交流を深めることは,自らが継承する神楽の質の向上や,複数の団体で活躍できる人材の育成へとつながることが明確になった。また,団体間の交流が長期的なものになれば,法印神楽がもつ多様性をのりこえて「結のような,より強靭なネットワーク」の構築も可能になる。現在,法印神楽の伝承地は東日本大震災などの影響で少子高齢化・過疎化が進展しており,その継承が危惧されている。今後,各団体における法印神楽の継承は神楽師の流動性を容認するか,しないかに大きく関わってくるのではなかろうか。</p><p></p><p>参考文献</p><p>千葉雄市(2000):宮城県の民俗芸能(1)法印神楽.東北歴史博物館研究紀要1,17-59.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390018384729597184
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_290
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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