産業の転換と鉱業イメージの再生

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タイトル別名
  • Industrial Conversion and Reformation of the Former Mining Image
  • A Case of Tagawa City “TANTO”
  • ─「炭都」田川市を事例として─

抄録

<p> 福岡県筑豊地区における炭鉱の閉山は,工業都市における脱工業化に先んじて生じた.地域を支えた重要産業が撤退し,都市人口を急激に減少させた例である.多くの人々は失業し,産炭地にはネガティブなイメージが付与された.筑豊地区には飯塚市や直方市といったいくつかの主要都市があるが,炭鉱時代に「炭都」として栄え,現在でも一定の独立性と中心性がある田川市の立地や都市のあり方は興味深い.旧産炭地域のさまざまな側面に関しては社会福祉,地域活性化や文化財等の面から相当数の調査や研究がなされてきた.田川市では現在でも炭鉱等の跡地利用や企業誘致に関する問題があるが,関連研究は少なくなってきている。炭鉱操業時の田川市は,経済的にも文化的にも先進的な部分もあったが,閉山の時期には目まぐるしく変わる制度や情勢に翻弄され,同市に向けられる目線も厳しいものであった.「メディアのまなざしが,日本全体における炭鉱の暗いイメージの形成に,大きく影響した」(松浦 2018)ように,たとえば,1962年の週刊文春に「現地報告 破産を宣言した失業都市 貧困と犯罪の渦巻く炭都・田川市役所の苦悩!」という記事が掲載された.こうして内外に根付いてきた負のイメージを払拭するため,炭鉱のイメージは忘れるべきものとされ,新たな産業のある工業都市が目指された.産業転換期には場所イメージが問題となる.アメリカ合衆国ニューヨーク州の工業都市シラキュースでは,脱工業化以降,煙突が立ち並ぶ工業都市のイメージを脱しようと新たに都市のロゴを作成した際に,湖畔沿いの新たな都市景観が描かれた(Short,1993).観光政策は都市の自己表象やアイデンティティがもっとも強く問われる現象だと考えられる.本稿では,一方では産業として,一方では観光産業の振興の中での田川市のイメージをみていく. 1960年前後から国として石炭関連諸法(以下「石炭六法」)が定められ,閉山処理や離職者対策がなされた.1970年代になると,福岡県は,筑豊地区での「県央新産業圏」の形成を目指し,工業団地の造成と産業にかかわるインフラ整備を強化するとした.田川市の総合計画は,1970年代には企業誘致等によって「緑の工業都市」を目指すものであったが,徐々に生活しやすい都市を目指すことに重点が置かれるようになった.田川市内には,2022年までに12の工場用地が造成され,企業誘致が行われてきた.その際には,税制の優遇措置等が取られてきたが,最大規模の白鳥工業団地では,2020年代でも全区画が埋まらない状況である. 1990年代に,石炭六法に依存しない地域振興の動きが出てくる.1996年にはじまったアートフェスティバルの「川俣正コールマイン田川」は,市の支援は受けていたものの,補助金頼りの地域振興政策から脱することを意識したものであった.2001年には,地元の大学生によって創作炭坑節のコンテストが開かれた.2004年の国民文化祭では,「炭坑節の祭典」の会場が市内に置かれた.こうした,炭鉱や炭坑節が再評価される流れを受けて,2006年から「TAGAWAコールマインフェスティバル~炭坑節まつり~」という,炭坑節総踊りを中心としたイベントがはじまった.また,同時期には全国で産業遺産を再評価する動きが始まっており(山本 2006;森嶋 2011),田川市でも積極的に炭鉱に関連する観光資源が活用されるようになる.炭鉱関連遺産の世界遺産登録が目指されたり,田川伊田駅が炭鉱をイメージした色のデザインに改修されたりした.2010年代になると,炭坑夫を模したキャラクターや,「炭都」と「たくさん」の意をかけた「たーんとあります。」というキャッチフレーズが採用された.このように,同市は,初期のイメージ戦略としては環境に考慮した工業都市を目指していたが,市としても「炭都」そのもののイメージを再生させ,自ら炭鉱のイメージを表象するようになった.文献松浦雄介 2018.「負の遺産を記憶することの(不)可能性─三池炭鉱をめぐる集合的な表象と実践─」フォーラム現代社会学17 149-163.森嶋俊行 2011.「旧鉱工業都市における近代化産業遺産の保存活用過程─大牟田・荒尾地域を事例として─」地理学評論84-4 305-323.山本理佳 2006.「近代産業景観をめぐる価値─北九州市の高炉施設のナショナル/ローカルな文脈─」歴史地理学48,45-60.Short,J.R.,Benton,L.M.,Luce,W.B.and Walton,J. 1993.Reconstructing the image of an industrial city, Annals of the Association of American Geographers 83-2:207-224.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390018384729610496
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_320
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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