移動する現代猟師
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- 中島 柚宇
- 名古屋大学環境学研究科
書誌事項
- タイトル別名
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- Travelling Hunters in Modern Japan
- Case Study of Drive Hunting Expeditions in the Islands of the Seto Inland Sea
- —瀬戸内海島嶼部における遠征巻き狩り猟の事例
説明
<p>はじめに</p><p> 1980年代以降,瀬戸内海の島嶼部において,本州側からイノシシが泳いで渡る姿が目撃されるようになった(高橋 2017).イノシシの生息拡大に伴い,これらの島嶼部では農業被害や生活被害(以下,獣害)が深刻化してきた.これらの地域にはイノシシのような大型野生獣が元々分布していなかった.そのため地元に大型獣を捕獲できる狩猟者がおらず,近隣の狩猟者による協力や,地域住民主体の捕獲体制の構築などが試みられてきた(例えば,武山ほか2022).</p><p> そうした中,本州側や愛媛県から狩猟者らが猟期に島渡ってきて活動する事例が報告されている(中国新聞取材班編 2015).また発表者は,高知県における巻き狩り猟の変遷を調査中,海だけでなく四国山地までも越えて瀬戸内海島嶼部に遠征する巻き狩りグループに出会った.本発表では,彼らの遠征する狩猟活動の実態や成立要因について,これまでの聞き取り調査(2023年9月)及び巻き狩り猟への同行調査(2024年2月)の結果を中心に報告する.</p><p></p><p>遠征巻き狩り猟の成立経緯と実態</p><p> 調査対象は,高知県佐川町の狩猟者を中心としたグループである.グループの中心人物であるS1氏は,1975年ごろから約20年,佐川町周辺で巻き狩り猟をしていた.しかし1990年代後半から,猟犬の譲渡を介して知り合った他県の狩猟者から共猟に誘われ,広島県の山や島嶼部に日帰りで遠征するようになった.2000年ごろからは,広島県呉市の大崎下島に拠点を構え,猟期中のほとんどを島に滞在して毎日出猟するようになった.瀬戸内海への遠征を開始する際,S1氏は佐川町で活動していたグループを一度離脱したが,その後佐川の狩猟者仲間に加え,遠征先の島々や周辺の県から来る狩猟者,猟犬を介して知り合った狩猟者が参加するようになった.</p><p> 佐川のグループの獲物はイノシシがメインである.毎日の猟場は主にS1氏が中心に見切りを行って決定するが,島の農家から捕獲を依頼され,イノシシの被害を受けている耕地周辺で猟を行う場合もある.1日の大まかな流れとしては,朝8時ごろに拠点に集合し,勢子及び射手(ウチマワリ)の配置,本猟,その後拠点に戻り解体・精肉,となる.猟場の範囲や見込まれる獲物の数,その日の参加人数によって,巻き狩りを数回繰り返す場合もあり,最も多い日は1日に10頭以上のイノシシ・シカを捕獲する.捕獲した肉は全て参加者に均等に分配される.</p><p></p><p>遠征巻き狩り猟の成立要因</p><p> 聞き取り調査の結果から,佐川のグループによる遠征巻き狩り猟の成立には,以下3つの要因が考えられる. 1点目は,猟場としての芸予諸島の魅力である.前述したように,芸予諸島は1980年代以降,イノシシが生息拡大してきた.しかし地元にはイノシシを対象とする狩猟者がいなかった.その結果芸予諸島は,獲物が多く存在し,かつ競合相手となる他の巻き狩りグループがおらず,S1氏らにとって魅力的な猟場となっていた. また調査では島の魅力として,イノシシの肉の美味しさが挙げられた.高知県との味の違いについては検証できていないが,多くの狩猟者が肉の味に言及したことは注目に値する. 2点目は,猟犬を介した狩猟者間ネットワークである.巻き狩り猟において猟犬は重要な要素であり,狩猟者たちはより優秀な猟犬を求めて時に県外の狩猟者とも売買・譲渡のやりとりを行う.このやりとりから共猟の機会へとつながり,県外の猟場にアクセスするきっかけとなった. 3点目は,「知らない山」での狩猟を可能にする猟犬の技術である.佐川のグループでは「吠え止め」という能力をもつ猟犬を用いているが,このタイプの猟犬の場合,犬がイノシシを発見次第その場に引き留め,追いついた勢子が仕留める.つまり,その山の詳細な地形や,獲物が逃げる際の通り道を知らずとも捕獲できる.実際に呉市本州側の狩猟者たちが島で巻き狩り猟を試みたことがあったが,彼らは「鳴き犬」(イノシシを寝屋から追い出し,待ち構える射手の元へ走らせるタイプ)であり,土地勘のない山では猟が成立せず撤退したという話があった.</p><p> こうして成立した遠征巻き狩り猟が継続されてきた理由の一つに,獣害に苦慮する地元農家が彼らの活動を歓迎した点がある.遠征を通して新たに形成された地元農家との関係性も,彼らを島に引き付ける要因といえる.</p><p></p><p>文献</p><p>高橋春成 2017.『泳ぐイノシシの時代—なぜ、イノシシは周辺の島に渡るのか?』サンライズ出版.</p><p>武山絵美・金脇慶郎・吉元淳記 2022.野生動物の新規分布拡大地域において地域主体の捕獲体制はどのように構築できるのか—海を越えてイノシシが移入した愛媛県中島本島に着目して.農村計画学会論文集 2(1): 17-26.</p><p>中国新聞取材班編 2015.『猪変』本の雑誌社.</p>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2024a (0), 50-, 2024
公益社団法人 日本地理学会