近代和風住宅「古稀庵」の屋根形状について : 日本伝統建築の屋根形状に関する研究

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  • TYPOLOGY AND COMPOSITION IN THE MODERN JAPANESE STYLE RESIDENCE "KOKIAN" : Roof typology and composition in traditional Japanese architecture

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抄録

日本伝統建築における屋根形状は、複雑な形態を持ち、意匠的に注目される部分である。屋根を構成する形態や、屋根に使用されている葺材の種類は様々で、それらの組み合わせよる屋根のデザインは日本建築特有のものである。これまで日本建築の屋根デザインは機能的説明がなされることが多く、例えば深い軒の出を持つ屋根は地域風上への対応であるとか、構造上の問題や、建設当時の建築禁令による梁の長さ制限などと捉えられてきた(注1)。しかし伝統建築に見られる屋根形状には機能的な視点だけでは解釈できない、複雑な形態を持つものが多く見られる。本論は、近代和風住宅の代表的な例として古稀庵(注2)を分析し、屋根伏図と平面図の関係を明らかにする。近代和風住宅には、伝統的な屋根の構成法が集大成されていると考えられるため、屋根形状が伝統建築の持つ空間表現の一つとして捉えることが可能であると考えられる(注4)。古稀庵の敷地は南北方向に伸び、建物は敷地北側に配置され、南側は庭園となっている。建物は平屋で各部屋が廊下によってつながれており、機能により大きく六つのブロックで構成されている。 (Fig. 1)西側には玄関機能が配置され、ここを中心に南側には座敷などの接客空間、北側には台所や使用人部屋のようなサービス空間が配置されている。接客空間は、建物の中で南側の庭を最も美しく見せる位置に配置しているため座敷という機能と重ねて、最も格式が高い場所と考えることができる。接客空間の中でも表座敷と次の間は襖で区切られているだけであるが、奥座敷は他の室から独立した配置と見ることができ、より格式が高い室であることが窺える。建物北側は、南庭が見えず、台所や使用人部屋として使用されてり格式は低いと考えられる。また和室B、Cのように同じ和室でも、二面が中庭に面した和室Bの方が、サービス側に位置する和室Cに対して格式が高いと見ることができる(Fig. 2)。古稀庵の屋根は寄棟、切妻、入母屋の三種の屋根形状が組み合わさり、それらは桟瓦、庇は銅板葺きで構成されている。玄関部は三つの入母屋とひとつの寄棟で構成され、玄関と内玄関はそれぞれ入母屋の屋根を持ち、南側のもうひとつの入母屋は洋間と十畳の和室を覆っている。接客部では、表座敷と次の間を覆う入母屋と奥座敷を覆う入母屋の屋根がみられる。また、サービス部を構成する諸室には切妻が架けられている(Fig. 3)。このように各部分が独立した屋根を持ち、屋根伏せ図と平面図を見ると部屋の階層性が屋根形状に関係することがわかる。平面図から格式が高いと捉えた部屋は入母屋になり、格式が中位にある部屋には寄棟が、格式が低いとみた部屋は切妻となっている。細部に目を向けると、和室Aと食堂は続き部屋でありながら別棟の切妻とし、和室側の屋根には、座敷と同じく銅板の庇を備えている。また和室B、Cのように同じ和室でも格式の違いがあると考えられる部屋においては、同一の棟で屋根が作られているが、和室Bの妻側は入母屋、和室Cの妻側は寄棟となっている。このように、各部分の用途上の微細な格式の違いにおいても、屋根形状によって表現されているとみることができる。しかし、サービス部分であっても、部分的に入母屋や寄棟が用いられていたり、隣り合う入母屋でも別棟としているなど、平面における各部分の格式の違いと屋根形状の関係が対応しない場所がある。台所は、サービス空間として使用されており、格式が低いと見るべきであるが、入母屋の屋根が架けられている。これは伝統建築一般に庭の見せ方が重要であるとされ、建物配置と庭の造園が密接な関係をもって計画されていることから、庭側から建物を見た視線、さらに座敷などの格式の高い場所から庭を介して対面する屋根の景観を考慮したものと考えられる。ここでは、和室Aから中庭を介して台所の屋根が見えることから、格式の低い台所であっても入母屋造引こなっていると考えられる。同様に、使用人部屋はサービス空間でありながら、玄関に近接し中庭に面しているため、切妻よりも格式が高いと考えられる寄棟の屋根が架けられている。ただしサービス側から見られる屋根は切妻のままであるため、このような部屋の格式と屋根形状の不一致は、サービス側からの景観ではなく格式高位にある場所からの景観にのみ配慮されていることが考えられる。また、玄関と内玄関のように、同じ入母屋の屋根を待つ場所であっても、玄関の屋根はアプローチに対して妻側を向き、内玄関よりも正面性を示している(Fig4)。同様に、表座敷・次の間を覆う屋根と奥座敷の屋根はともに入母屋であるが、奥座敷の入母屋が庭に対し妻側となって見えるように棟の方向を変えている(Fig.5)。このように、屋根の形状は部屋の格式だけではなく、どこから見られているかということも形を決定する要因となっていることが見受けられる。古稀庵では室ごとに屋根の形状が異なる。格式の高い室、例えば座敷の屋根は入母屋となり、中位の格式をもつ部屋、例えば待合室の屋根は寄棟としている。最後に格式の低いサービス空間の屋根は切妻としている。部屋の持つ格式をそのまま示すのではなく、格式の低いと考えられる部屋においても入母屋や寄棟をもつ場所があるというのは、その屋根が格式の高い座敷などの部屋からの視界に入る位置にあり、景観上の配慮として捉えることができる。同様に同じ入母屋の屋根でも棟の方向によって格式の微妙な差異を表現しており、妻側をアプローチや庭といった入の目に触れる側に対して正面に向けている部屋の格式がより高いとみられる。古稀庵の屋根は、平面図の中にみられる各室の用途上の格式を表すかのように構成され、さらには、どこから見られているかということのほうが、部屋のもつ格式よりも表現上優先されている。古稀庵における屋根形状の構成は、内部空間を暗示し、庭からの景観構成や用途上の階層性を示す意匠的表現として造られていた。このことから、代表的近代和風住宅の一例である古稀庵の屋根は、機能的な側面によってのみつくられてきたわけではなく、明確なシステムをもった表現手段として構成されていることがわかる。

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