日本の産業クラスター計画 : その背景と特質(<英文特集>変化する日本の産業集積をめぐって)

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  • Japan's Industrial Cluster Plan : Background and Characteristics(<Special Issue>Changing Agglomeration of the Japanese Manufacturing Industry)
  • Japan's Industrial Cluster Plan: Background and Characteristics

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抄録

2001年度から経済産業省は,全国19地域で産業クラスター計画を開始した.この計画は,企業誘致型の地域産業政策ではなく,関連産業を含めたイノベーションの促進,新規事業の立ち上げ,ベンチャー企業の育成,地元大学との共同研究などを推進する新しい地域産業政策である.この計画の遂行における困難性は,企業数,事業所数,工場数が減少し,国内市場が縮小していく中で,輸送費・通信費の節約,規模の経済といった古典的な産業集積の利益をできるだけ温存しつつ,イノベイティブな活動を増加させていくという構造転換が迫られている点にある.クラスター戦略の核心は,個々の企業単位を超えて,地域全体の(リージョナル・)サプライ・チェーンを構築することにある.コア事業への集中と周辺事業のアウトソーシングという動きが強まっている.これによって,新しい取引関係が生まれ,これまで想定されなかった提携・合併が実施され,さらに新事業,ベンチャー企業が地域内において創出される.クラスターの構成要素には,その産業に関連する原料,部品,製造装置,保守点検,人材,情報提供機関,ロジステックス,大学,研究機関,行政,各種団体が含まれる.地理的範囲の決定は最も難しい問題であり,一義的に決定できない.都市圏が交錯している日本においては容易ではない.狭く設定すれば,行政区域と一致し,政策は立案しやすいものの,近隣の関連企業や大学等が排除されることになる.ブロック単位で広域的に設定すれば,多くの大学や関連産業が含まれることになるが,日常的な情報交換等は困難となり,クラスターとしてのまとまりを欠くことになる.新規工場立地を目的とする各種地域産業政策からクラスター計画へと移行せざるをえないのは,日本国内における新規工場立地件数が減少しているからでもある.量的拡大という古典的な産業集積化が進展してきた高度経済成長期と日本のクラスター計画が策定・実施されている現状とは,状況がまったく異なっている.クラスター計画の目的は,産業集積の質を高度化することであり,量的な拡大ではない.中小企業についても,質の向上が求められている.日本の製造業大企業は,総合化戦略を見直し,事業部門毎の再編や競合企業との共同研究などを実施している.しかし,中小企業では,この再編が遅れており,規模拡大も実現されていない.中小企業においても知識労働者の雇用,大学との共同研究,独自製品の開発,自社のマーケティング,国際戦略の立案を行うためには,一定の規模が必要となっている.日本の三大都市圏を除く地方圏における産業クラスターの目指すべき方向性は,シリコンバレーやサンフランシスコ,ボストンのような状況へと進化することではない.大手企業の量産工場の地方展開によって形成されてきた産業集積の基礎の上で,研究開発力,設計力,取引力を有した関連した精鋭の地場企業群と地域の大学,研究機関とが協力することによって,生産の高度化を全体として担うことができる地域的能力を構築することである.この観点からすれば,ベンチャー企業数や特許件数といった目標数値のみに拘泥することは,必ずしも望ましくない.むしろ,グローバリゼーション,日本的経営の再構築,産業システムの再編という潮流のなかで,地方の生産力をいかにして維持,発展させていくのかという視点が,地方の産業クラスター計画においては重要である.工場総数が減少している日本工業において,大手企業が国内工場に求めている「開発・生産の一体化」という質的な向上を地域的な観点から実現する,という初めての試みにチャレンジすることこそが,とくに三大都市圏以外の地方圏における産業クラスター戦略の本質である.

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