日本産ナガニシ属の研究 V:追加種,未記載種と考察

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タイトル別名
  • On the Genus <i>Fusinus </i>in Japan V: Further Species, an Unnamed Form and Discussion
  • On the genus Fusinus in Japan (5) Further species, an unnamed form and discussion

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抄録

このシリーズの締めくくりとして,今日まで既知の種類に同定されていなかった 2 つの型について検討した結果,ナガニシの種内変異と結論づけた。また,未記載と考えられる 1 種について図示し,その類縁について考察した。さらに,過去の文献で誤ってナガニシ属に含められた,もしくは日本から報告されたタクサについて,タイプ標本の検討に基づいて考察を行った。<br>Fusinus perplexus A. Adams, 1864 ナガニシ<br>本論文で示した日本海産の小型の個体は,当初独立した種類であると考えられたが,同じ海域から得られた大型の個体と合わせて比較した結果,典型的なナガニシと連続的であることが明らかになった。本種の色彩に関して,内湾や日本海に産するものは太平洋の外洋の個体に比べて濃色となる傾向がある。一方,有明海産の個体は,第 1 報で図示した東京湾産の濃色個体に近似するが,この種類としては異例に小型である。また,多くの日本産ナガニシ類が潮下帯に生息するのに対して,添付データによればこれら有明海産の個体は低潮線付近から採集されていることでも特異である。<br>Fusinus sp.<br>和歌山県御坊沖から得られた 1 個体は,これまで知られているいずれの種類にも確実に同定できず,未知の種類と考えられる。しかし既知の種類の中では F. gemmuliferus Kira, 1959 コブシナガニシに最も近似し,その著しく幅広い個体の可能性もある。<br>日本産から除外される種類<br>Fusinus beckii (Reeve, 1848)<br>原記載にはタイプ産地は示されていない。図示された 2 個体のうちの最初の個体をここでレクトタイプに指定した。この標本に添付されていた紙片には「Van Diemen’s Land(通常タスマニア,時に北オーストラリアの地名として用いられる)」と記されていたが,標本の取り違いの可能性がある。Tryon (1881) は本タクソンを F. nicobaricus (Röding, 1798) の異名とみなし,後者の分布を「日本,フィリピン」とした。これによって,F. beckii の名前は日本の文献でもしばしば用いられるようになったが,実際のところ著者らが 2004年にロンドン自然史博物館からタイプ標本を再発見し,本論文でアンダマン諸島から得られた別の個体を報告するまでその実体は不明であった。F. beckii は国内の文献ではサイヅチナガニシの和名とともに用いられることが多いが,例えば木村(1997)がこの和名と学名の組み合わせで図示しているものは Fusinus teretron Callomon & Snyder, 2008 イボウネナガニシである(第 4 報参照)。<br>Fusinus loebbeckei (Kobelt, 1880)<br>本種も原記載にタイプ産地が示されていない。後に Dunker (1882) は本タクソンと同一のタイプ標本に基づいて Fusinus lacteus を記載したが,その際に産地を「mare Japonicum」としている。ホロタイプの原ラベルには産地は記されておらず,Dunker が何故これを日本産とみなしたのか明らかでない。一方,Odhner (1923) は本タクソンを西アフリカ産の Fusinus albinus (A. Adams, 1856) の異名としており,我々もこの見解に同意する。<br>Fusinus spectrum (A. Adams & Reeve, 1848)<br>本種のタイプ産地は「Eastern Seas」とされ,Tryon (1881) は産地に日本を加えている。これに従って,平瀬 (1907) をはじめとして様々な文献やコレクションで日本産のナガニシ類にカドバリナガニシの和名と共にこの学名が用いられてきた。しかし,Hadorn (1996) は F. spectrum を東太平洋産の F. panamensis Dall, 1908の古参シノニムとみなし,我々のタイプ標本の検討もこれを裏付けた。F. beckii 同様,日本産の個体で本種に同定されたものは,実際にはイボウネナガニシなどであった(第 4 報参照)。<br>Fusinus gracillimus (Adams & Reeve, 1838)<br>本種のタイプ産地も「Eastern Seas」とされ,後に Adams (1864) は中国沿岸の黄海から,また黒田(1949)は日向灘から本種を報告している。しかし,今回の我々による日本および周辺海域産のナガニシの詳細な調査によって本種の存在は確認されていない。一方で,これに最も近似した種類はモザンビークとマダガスカルの沖合から得られている。<br>その他の関連する種類について<br>Chryseofusus Hadorn & Fraussen (2003) は Fusus chrysodomoides Schepman, 1911 をタイプ種として創設され,日本産の C. graciliformis (Sowerby, 1880) と C. satsumaensis Hadorn & Chino, 2005 もこれに含められている。Chryseofusus は当初ナガニシ属の亜属とされたが,我々はこれを Granulifusus などと同様にナガニシ亜科の独立の属とみなす。一方で,三浦半島から化石種として記載され,その後現生が確認されている Trophonofusus muricatoides (Yokoyama, 1920) フツツカナガニシは,少なくとも貝殻の特徴からはナガニシ属の種類である可能性が高い。また,Pseudolatirus pallidus Kuroda & Habe, 1961 シロヒメナガニシモドキも同様にナガニシ属に移される可能性が高いが,これらの正しい属位の決定のためには今後の詳しい解剖学的研究が必要である。

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