Olfactory dysfunction

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  • 嗅覚障害

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<p>医療分野における感覚器障害について,「目が見えない」という視力障害,「耳が聞こえない」という聴覚障害は,人々の日常生活の質:Quality of Life(QOL)を著しく低下させ,時には交通事故や転落事故など命をおびやかす危険を招くことがある.したがって,早くから視覚・聴覚障害に対する社会的関心は高く,その研究と治療法の開発もこれまで世界中で盛んに行われてきた.一方,嗅覚障害は「においが分からなくても命には関わらない」ということで,どちらかといえば重要視されず,また嗅覚そのものとその病態のメカニズムが長年不明であったこともあり,嗅覚障害は扱いにくく予後も良くない疾患とみなされてきた.そしてこれらのため,嗅覚障害診療の進歩は遅々としたものであった.</p><p>しかし,1991年の Linda Buck,Richard Axel両博士によるにおい受容体遺伝子の発見を機に,その後わずか20年余りで嗅覚メカニズム解明の研究が飛躍的に進んだ.また人々の生活レベルの向上に伴い,嗅覚に対する社会的関心が高まった結果,医療機関を受診する嗅覚障害患者が増加し,嗅覚障害に取り組む施設も増加した.その結果,嗅覚障害の診療にも徐々に進歩がみられるようになった.</p><p>この特集では,現在日本で嗅覚障害の専門外来を開設して嗅覚障害の診療に取り組んでいるエキスパートの耳鼻咽喉科医に,嗅覚障害の原因疾患ごとに,その病態と診療について詳しく解説をしていただいた.</p><p>最初に小生小林正佳が嗅覚障害の定義,分類,疫学について解説した.嗅覚障害は感覚の強弱に基づく量的障害と異嗅症などの質的障害に分類でき,また嗅覚障害の発生部位に基づいた分類と原因疾患に基づいた分類もある.これらの分類は後述の各著者が紹介するさまざまな治療法選択の基礎となるので重要である.</p><p>古田厚子先生(昭和大学)には嗅覚障害診断のための検査について解説していただいた.嗅覚障害を治療するためにはまず診断が重要で,そのための問診,視診,画像診断,嗅覚検査は必要不可欠な基本手順である.嗅覚検査については,本邦においてさまざまな検査法が開発され,診療において有意義に活用されている.</p><p>都築建三先生(兵庫医科大学)には慢性副鼻腔炎による嗅覚障害を解説していただいた.慢性副鼻腔炎は嗅覚障害の原因として最多であり,その診断法と治療法を紹介していただいた.とくに近年,難治性である好酸球性副鼻腔炎による嗅覚障害患者が増加しており,これに対してステロイド薬などを用いた保存的治療(内科的治療)と内視鏡を用いた鼻内副鼻腔手術による外科的治療が行われている.</p><p>近藤健二先生(東京大学)には感冒後嗅覚障害を解説していただいた.これは感冒発症に関与するウイルスが原因とされ,中高年の女性に多く,高度の嗅覚低下をきたすことが多い神経性嗅覚障害である.神経再生を目的とする保存的治療で改善することが報告されているが,改善には数カ月から年単位の長期間を要することが多いのも特徴である.</p><p>志賀英明先生(金沢医科大学)には外傷性嗅覚障害を担当していただいた.ここは外傷性嗅覚障害の総説ではなく,少し視点を変えて,同著者が取り組んでいる外傷性嗅覚障害の原因部位を明らかにするための放射性アイソトープを用いた研究を紹介していただいた.外傷性嗅覚障害の機能改善過程を客観的に裏付ける検査法がまだ確立されていない現状において,本研究成果が臨床実用化できれば有用な治療効果評価法になることが期待できる.</p><p>松脇由典先生(東京慈恵会医科大学)にはアレルギー性鼻炎による嗅覚障害を解説していただいた.花粉症をはじめ,もはや国民病とも言われるアレルギー性鼻炎は鼻閉により比較的高率に嗅覚障害をきたすが,嗅覚障害を主訴に医療機関を受診する患者数は意外に少なく,また予後も良好である.それゆえに,アレルギー性鼻炎の診療では,くしゃみ,鼻水,鼻閉,目のかゆみなどの症状に主眼が置かれる一方,嗅覚障害が適切に評価されていないことが問題として挙げられている.</p><p>小河孝夫先生(滋賀医科大学)には老年性嗅覚障害と先天性嗅覚障害を解説していただいた.年々平均寿命が伸びて社会が高齢化している一方で,老化による嗅覚低下は60歳頃から始まるので,嗅覚障害によるQOLの低下は老年者人口の増加に伴い大きな社会問題になりつつある.また嗅覚障害は認知症疾患の早期症状としても注目を集めている.一方,生まれつき嗅覚がないのが先天性嗅覚障害であり,これには他の遺伝性疾患に合併して生じる例とそうでない例がある.老年性と先天性,これらの共通した特徴は回復困難なことであり,そのような嗅覚障害を有する患者がQOLを少しでも良く保つことができるように,どのように対応すべきかが今後の社会にとって重要な課題である.</p><p>以上の特集は嗅覚障害の診療のおおよそを網羅したものになったと思う.この特集号を読破していただき,嗅覚障害に対する耳鼻咽喉科医の日々の取り組みとともに,原因疾患にもよるが,嗅覚障害は適切な診断と治療がなされれば,実は治る例が結構多いのだということもお分かりいただければ幸甚である.</p>

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