ヨーロッパ産Anania crocealisの近縁種の日本からの記載(鱗翅目,ツトガ科)

  • 吉安 裕
    Entomological Laboratory, Graduate School of Life and Environmental Sciences, Osaka Prefecture University
  • 榊原 充隆
    Entomological Laboratory, National Agriculture and Food Research Organization for Tohoku Region

書誌事項

タイトル別名
  • A new Anania species from Japan, a close relative of A. crocealis in Europe (Lepidoptera, Crambidae)

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抄録

ノメイガ亜科PyraustinaeのAnania属(広義)はおもに全北区に広く分布し,旧北区ではこれまで26種(Leraut, 2005; Trankner & Nuss,2009; Yang et al., 2012)が知られる.第二著者は岩手県盛岡市で,キク科のヤブレガサを加害する日本未記録のノメイガ亜科の幼虫を見出し,生態観察をおこないつつ飼育し成虫を得た.第一著者は,この標本を所検し,ヨーロッパに分布するAnania crocealis(Hubner, 1796)にごく近縁の新種と認め,第二著者とともに記載した.また第三著者は,本種の成虫からmtDNAの抽出をおこないCOI領域658塩基対を決定し,GenBankに登録した.本種は,Leraut(2005)で示された広義のAnania属の2共有新形質,1)♂交尾器で挿入器上に遊離した非対象の硬化板(an asymmetric sclerite in the phallic apodeme)をもつこと,2)♀交尾器にはアントルムの延長にある硬化板(a digitiform sclerotization of antrum)をもつことで,本属の種と認めた.一方,本種およびその近縁種A. crocealis(Ebulea属のタイプ種)は,Anania(狭義)には見られない重要な形態的特徴をもつことを示した.さらに,本種の生息地での野外観察と室内飼育をもとに,幼虫の概略的な色彩と形態ならびに行動を記述し,その摂食行動の意義を述べた.1.Anania syneilesidis Yoshiyasu & Sakakibara n. sp. ヤブレガサノメイガ(新称) 前翅長:9.6-11.7 mm.頭部は黄褐色でラビアル・パルプスは長く前向し,第3節は細長い.♂の触角は繊毛状で,♀では糸状.成虫は単純な斑紋をもち,前翅はやや黄色を帯びた淡褐色の地色に,細い黒褐色の前横線と後横線のほか,中室内に小黒斑と中室端の黒褐色の棒状斑をもつ;後横線は近縁のA. crocealisよりも外側に位置するので,中室端紋と後横線との距離は中室内黒点と中室端紋との間より長い(A. crocealisでは,それらの間はほぼ等距離).後翅は前翅より淡色で,外横線のみが認められる.♂交尾器のウンクスは短く,長い三角形状で先端は丸い;トランスティラは短く,腹中線まで伸びていない;バルバのクラスパーの腹方突起は広く先端に多数の微小突起を生じる(A. crocealisでは,その突起は狭く先端小突起数も少ない);サックルスは幅広く,基部背方に数本の刺毛をもつほか,腹方には多くの小刺毛が散在する.♀交尾器の交尾口は突出したアントルム後方の先端が丸い指状突起(A. crocealisではその先端は裁断状)に開口する;コルプス・ブルサエは楕円形で,変形したひし形状のシグナをもつ.幼虫の頭部は光沢のある黒色で,胴部は,やや透明な乳白色.胴部のD1,D2およびSD刺毛群の黒色の刺毛基板が顕著に発達していることで,それが小さく目立たないヨーロッパのA. crocealisと区別できる.2.Ebulea属の分類的扱い 本種はLeraut(2005)が挙げたAnania属(広義)の2共有新形質をもつが,Anania(狭義)とは,以下の交尾器形態で異なるため,現在Anania亜属のもとに置かれているヨーロッパのA. crocealisとともに別亜属を創設するほうが妥当と考えられるが,今回はその処置を保留した.他の亜属の種や従来Ebulea属のもとに記載された種の形態学的検討およびDNA解析の結果をまって,分類学的処置を講じたい.♂交尾器において,1)ウンクスは短く,その基部は幅広く,長い三角形状を呈する;2)両サイドのトランスティラが腹中線で接することはない,3)グナトスが腹方で丸く発達する,4)バルバのサックルスの先端に突起をもたない.♀交尾器では,1)ドクツス・ブルサエの捻じれ状構造は弱く,2)アペンデックス・ブルサエはコルプス・ブルサエの後方部ではなく中央部から出る.3.ヤブレガサノメイガの幼虫の習性 幼虫は東北地区の産地では6月に1枚の葉に20〜30匹が集団で見つけられ,葉の基部の葉脈をかじりとることで,寄主葉を下に垂らし,その中にいて摂食する.この行動は葉脈切り(vein cutting)としてよく知られ,植物体からの有毒なラテックスの分泌を減少させるとされている.本種もほかの種と同じように,葉脈切りをしてヤブレガサに含まれる有毒なピロリジジンアルカロイド(pyrrolizidine alkaloid)であるsyneliesineの分泌を少なくしていると考えられる.老熟幼虫は室内飼育条件下では個別に葉を巻いて繭を紡ぎその中で蛹化・羽化した.

収録刊行物

  • 蝶と蛾

    蝶と蛾 65 (4), 142-149, 2014

    日本鱗翅学会

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