チベット語訳『根本説一切有部律』「薬事」におけるトクパレス写本の問題

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  • Problems in the sTog Palace Manuscript of the Bhaisajyavastu of the Mulasarvastivada-vinaya

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チベット語訳『根本説一切有部律』「薬事」において,諸写本・版本の比較の結果,トクパレス写本は他の六種の写本・版本(デルゲ版,北京版,ナルタン版,ロンドン写本,東京写本,プダク写本)との間に大きな構造上の相違を有することがあきらかになった.相違は四点である.1.他本にある,過去仏の名を列挙した部分がトクパレス写本には存在しない.2.トクパレス写本には他本にないウッダーナ(目次)が一箇所存在する.3.「薬事」中の「アナヴァタプタ・ガーター」とよばれる偈部分には四つのウッダーナが置かれているが,その位置がトクパレス写本のみ異なる.4.仏の前生譯であるヴィシュヴァンタラ王子の物語が,他本では二回,多少形を変えてたてつづけに語られるのに対し,トクパレス写本では一話のみしか語られない.それは他本における二番目の物語に,一番目の物語の記述が二箇所入りこんだ形であり,単純な筆写上の過誤ではありえず,意図的なテクストの改編の結果であると考えられる.これらの相違がどの時点で,どのような原因で生じたものかはいまだ不明であるものの,トクパレス写本もしくはそれを遡るいづれかの写本の段階において,意図的に,かつ大幅に「薬事」のテクストを改編しようとするこころみがあったと考えられる.このようなこころみは『根本有部律』全体にわたる可能性がある.チベット語訳『根本有部律』を扱ううえで,トクパレス写本がきわめて注意を要するヴァージョンであることはたしかである.

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