高次元ブラックホールの不思議

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タイトル別名
  • Surprises in Higher Dimensional Black Holes
  • コウジゲン ブラックホール ノ フシギ

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抄録

ブラックホールは物理の中でも最も有名で最も不思議な対象の一つである.一般相対論の完成からほどなく, K.シュヴァルツシルトがアインシュタイン方程式の最初の厳密解を発見(1916年)して,ちょうど100年になる.その解の表す時空がブラックホールの概念に結びつき,宇宙に実在しうる天体として受け入れられるまでには,さらに半世紀の時間がかかった.今ではブラックホールの直接検証へ向けた様々な観測計画が進められている. 4次元宇宙のブラックホールは,質量と角運動量だけで完全に特徴づけられることが数学的に証明されている.「一意性定理」とよばれるこの事実の意義は計り知れない.私たちの観測宇宙に,それこそ星の数ほどあろうブラックホールが,驚くべきことにカー(Kerr)解とよばれるたった一つの厳密解で完全に記述できるのである.S.チャンドラセカールのいうように「4次元宇宙のブラックホール研究は,カー解の研究につきる」のである.ところが,超弦理論やブレーン宇宙論といった高次元重力研究の進展とともに,ここ 10数年ほどで高次元ブラックホールの研究が著しく発展し,その不思議な世界があらわになってきた.特に人々を驚かせたのは, 5次元以上だと球状のブラック・ホールだけでなく,リング状のものや,土星状のブラックホールも可能となり,そうしたブラックホール解が実際に(数学的に)発見されたことであった.つまり,一意性定理のおかげで 4次元宇宙のブラックホールは基本的に理解されていたが,高次元になると途端に豊かな世界が広がることが明らかになってきたのだ.こうした多様性の要因は,一つには高次元ではブラックホールが独立な複数の角運動量をもつことができ,しかも必ずしも上限がなく高速回転できること,もう一つは高次元ではホライズンが膜のように拡がりうることにある.ブラック・ストリングのようにある方向に膜状に伸びたブラックホールは不安定になると予想される.実際に数値的研究により多くの高次元ブラックホールの不安定性が判明し,そこから新たな種類のブラックホール解への分岐,つまりますます豊かな多様性の発現が示唆される,といった具合である.新しい厳密解の発見とその安定性解析が進む一方で,こうした多様性を系統的に理解すべく数学的諸定理の研究も進んでいる.例えば,ブラックホールの可能な形状を制限する「トポロジー定理」,定常ブラックホールがもつ対称性の拡大を意味する「剛性定理」などであり,高次元ブラックホールの分類問題も少しずつ進展を見せている.さらに数理的な発展だけでなく,素粒子物理,加速器実験,さらにはホログラフィー原理を通して物性物理などとの関係も広がった.例えば,加速器実験で実際に高次元ブラックホールが探査されたり, AdS/CFT対応を用いた高次元ブラックホールによる超伝導現象の理解など,宇宙や重力と全くかけ離れた物理系との“意外なつながり ”も見えてきた. 4次元とは比べものにならないほど多彩で不思議な高次元ブラックホールが,今後も重要な研究対象であり続けるのは間違いない.本稿では,高次元ブラックホールの世界を概観し,最近の進展や今後の展望についても解説する.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 71 (5), 302-310, 2016

    一般社団法人 日本物理学会

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