歩行時における脚長差の代償パターンの検討

書誌事項

タイトル別名
  • 前額面における体幹・骨盤に着目して

説明

【目的】脚長差は下肢骨骨折後の変形治癒,変形性関節症などにより生じ,その原因は多種多様である.特に脚長差を有する骨関節疾患の理学療法では歩行能力や歩容の評価と指導も重要となる.また脚長差が歩行に与える影響について一般に3cm以内であれば著明な跛行は呈さないとされているが,臨床上どの程度の脚長差なら許容されるかは議論されているところであり,まだ結論に至っていない.今回,脚長差の代償的な姿勢と歩行パターンを分析し,臨床上の脚長差の評価と指導における指標を得ることを目的に検討を行った.<BR>【方法】本研究は,右脚のインソールに補高することで模擬的に脚長差を伴った健常成人5名(男性2名,女性3名.平均身長166.7±3.7cm,平均体重57.0±3.0kg,平均年齢21±3歳)と右大腿骨頚部骨折により脚長差の生じた症例を対象とし,上部体幹・骨盤の運動を中心として主に前額面での歩行パターンを解析した.健常成人における脚長差の代償については,赤外線カメラ10台からなる三次元動作解析装置VICON612(VICON PEAK社製)を使用し,両側に靴を装着した正常歩行と右足補高1・2・3cmに段階付けた補高歩行練習5分後の歩行を各々5回ずつ計測し,上部体幹モデル・骨盤モデル各々の空間上における上部体幹の側屈角度,骨盤傾斜角度と歩行時における股関節内外転角度を算出した.赤外線反射マーカーは,胸骨柄,剣状突起,第1胸椎・第10胸椎の棘突起に貼付し上部体幹モデルを,左右の上前腸骨棘,左右の上後腸骨棘の中点に貼付し骨盤モデルを作り,両肩峰・両股関節・両膝関節・両外果・両第5中足骨頭にも貼付した.この他,理学療法士による視覚的な動作観察・各脚長差における歩容の主観的な違和感について,被験者にアンケート調査を実施した.症例提示は右大腿骨転子部骨折(γ―ネイル術施行)の80歳男性,脚長差1.5cm(右:大腿長短脚側)の症例についてビデオ解析による歩行パターンの分析検討を行った.<BR>【説明と同意】健常対象者5名と症例1名には,実験の趣旨と研究の趣旨について説明し同意を得た.<BR>【結果】健常成人の脚長差歩行では正常歩行時に比べ歩行周期全体を通し,被験者全てにおいて骨盤の短脚側への下制増大がみられた.特に長脚側立脚期では,遊脚している短脚側への骨盤下制が増大した.このとき,上部体幹の長脚側への側屈角度も正常歩行に比べて大きかった.また,正常歩行・脚長差1・2・3cm歩行時の骨盤傾斜・上部体幹の側屈角度をみると,脚長差の増大とともに骨盤の短脚側への下制は増大し,それに伴う上部体幹の長脚側側屈角度も脚長差の増大とともに大きくなった.加えて,主観的・客観的にみても脚長差の増大とともに歩行に対する違和感が増し,特に脚長差3cmでは被験者全てが歩行に対する明らかな違和感を生じた.健常成人の脚長差歩行では,骨盤の遊脚側への骨盤の下制や体幹の立ち直り反応による代償が出現したが,骨折による術側股関節機能低下,腹直筋・腹斜筋群の筋力低下と立ち直り反応の消失による体幹機能低下をきたした本症例では膝関節での代償が著明となり,身体の上下動が大きかった.1.5cmの脚長差を補高すると,膝関節による脚長差の代償が軽減され歩容の改善が確認できた.<BR>【考察】健常成人では,脚長差により骨盤が短脚側へ下制し,短脚側中殿筋は短脚側立脚期により強い遠心性収縮が要求される.また,骨盤の傾斜に対する立ち直り反応として長脚側への体幹側屈が起こり,カウンターアクティビティとして長脚側腹斜筋群の活動が起こる.これらは脚長差の増大とともに大きくなる傾向がみられ,脚長差が大きいほど股関節・体幹機能による代償も要求されると考える.提示した症例は脚長差1.5cmと少なかったものの,骨折による術側股関節機能の低下に加え,腹直筋や腹斜筋群の筋力低下と立ち直り反応の消失による体幹機能低下も認めたため,健常成人の骨盤・体幹による代償パターンとは異なり,長脚側膝関節の屈曲による代償を呈したと考えている.事実そのことは,本症例に対し脚長差を補高することで膝関節屈曲が軽減し歩容の改善を確認できた.つまり体幹・股関節による代償が困難な場合には,膝・足関節など遠位関節の代償運動を引き起こす可能性もある.以上より,1.5cmの脚長差でも跛行がみられる場合があり,そのままでは筋出力パターン,姿勢・運動パターンに変化を及ぼすことが予測されるため,脚長差の補正を検討する必要性が示唆された.また,股関節・体幹機能の低下がみられる場合には脚長差の代償を更に困難にし,歩行を不安定にする可能性があるため,脚長差の評価と指導が必要であると考えられた.<BR>【理学療法学研究としての意義】一般的に言われている3cm以下の脚長差でも,一人ひとりの身体機能に合わせた脚長差の補正を検討することで,筋出力パターン,姿勢・運動パターンに変化を及ぼし,障害予防につなげることができるのではないだろうか.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A3O3009-A3O3009, 2010

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680544090752
  • NII論文ID
    130004581722
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a3o3009.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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