上肢運動機能の定量的評価システムの実現を目指して

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  • II.頚髄症患者と高齢者の比較

抄録

【目的】<BR> 頚髄症は,初期段階では手指のしびれや巧緻運動障害をはじめとする上肢機能に障害がみられる.この指標として日本整形外科学会頚髄症治療成績判定基準(JOAスコア)が利用される.しかしながら,JOAスコアの下位項目である手指巧緻運動障害および上肢筋力低下から,上肢機能についてリハビリテーションによる効果を評価するには尺度が粗く,かつ験者の主観を排除できない.我々は既にパーソナルコンピュータからペンタブレット出力を読み出せるようにプログラミングし,座標,筆圧のデータを経時的に取得可能な上肢機能の定量的評価システムを試作した.本システムは,まだ開発途中にあるが,携帯可能で評価が定量的であり験者に依らない点で優れている.実際に,健常成人(以下若年者)と健常高齢者(以下高齢者)とを比較し,適切な描画課題であれば高齢者に筆圧調整能力の低下を検出できることを報告してきた.そこで今回,頚髄症による上肢機能低下を特徴付けるパラメータの探索を目的として,頚髄症患者(以下患者)の描画能力について研究した.<BR><BR>【方法】<BR> 本研究では体幹および上肢に整形外科的・神経学的疾患の既往のない高齢者22名(年齢75.2 ± 8.7歳)および患者13名(年齢63.1 ± 9.6歳)を対象とした.被験者にはペンタブレット(WACOM社製,Intuos3 PTZ-930)上に提示された図形(正弦波形)をデジタルペンでなぞる描画課題を快適速度で行い,描画中はデジタルペン以外がタブレットと触れないように指示した.タブレットから得られた情報(座標 (x, y),筆圧,時間)はMicrosoft Office Excel上のシートに取り込み,検査終了後,各被験者について垂直方向の座標値誤差,筆圧平均値,筆圧変化量、描画時間を算出した.被験者群の統計解析にはエス・ピー・エス・エス社製SPSS Statistics 17.0を用い,有意水準は5%未満として対応のないt検定を行った.<BR><BR>【説明と同意】<BR> 研究開始に先立ち,当大学医学部疫学・臨床研究等倫理委員会および大学病院臨床研究倫理委員会にてそれぞれ研究計画の承認を得た.その後,全被験者に対して本研究の目的や方法などに関する説明を口頭および書面にて十分に行い,研究に参加することの同意を書面にて得て本研究を実施した.<BR><BR>【結果】<BR> 検査を遂行できなかった者は皆無で,高齢者と患者それぞれ,描画に31.78 ± 15.51秒,27.26 ± 12.56秒を要し,座標値誤差は1.01 ± 0.03,1.02 ± 0.05,筆圧平均値は703.8 ± 130.5,563.4 ± 79.8,筆圧変化量は12.30 ± 3.50,17.20 ± 11.32であった.t検定の結果,筆圧平均値は高齢者が患者と比較して有意に大きい値となった(p < 0.01)が,その他の項目では高齢者と患者との間に有意差を認めなかった(p > 0.05).<BR><BR>【考察】<BR> 課題図形と描画図形の一致度を座標値誤差からみると,高齢者で1%,患者で2%しか課題図形から外れなかった.これは描画図形からのみでは両群を区別できないことを意味する.ところが,筆圧平均値,筆圧変化量,描画時間の中で,筆圧平均値のみに患者と高齢者間に有意差を生じた.患者は高齢者より筆圧平均値が低く,頚髄症にみられる筋力低下を反映していると推定される.先に行った若年者と高齢者の比較では筆圧変化量に有意差があり,高い筋出力の調節能力ないし運動協調性の低下と考えられる結果と明らかに異なる.また,筆圧変化量の特に標準偏差については患者の方が高齢者より約3倍大きな値となった.これは障害部位の反映など患者群間での類型化を可能とするかもしれない.本システムそのものについては,患者への負担を最小とするため短時間かつ快適速度で課題を遂行できるよう配慮し,患者13名について最大44秒と短時間で描画を終了できた.書字にみられるように,描画もまた疾患以外に個性を反映する可能性がある.その一般的傾向を高齢者について確認し,所要時間と平均筆圧間に中程度の正の相関がみられ(相関係数0.40),評価システムを完成させる上で考慮すべき因子である.今後,さらに対象者数を増やし,最終的に定量的評価システムの完成へつなげる予定である.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 日頃から患者に接する理学療法士は,病態に対する勘を磨いている.理学療法士の視点で,この勘を,本評価法に科学的に反映させるならば,験者間での情報の共有や治療法の比較検討が容易になるだけでなく,理学療法士自身が携わるリハビリテーションの効果や経過の把握に役立てることが期待できる.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A3O2084-A3O2084, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680544095232
  • NII論文ID
    130004581713
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a3o2084.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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