若年者と高齢者における下肢運動スキルの学習過程の分析

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抄録

【目的】<BR> 運動療法では症例の学習能力に対応してプログラムを立案することが重要である。学習能力に関する研究としては,上肢や手指の運動スキルに関するものが多く報告されている。上肢同様に下肢の運動スキルも理学療法の対象となるが,その学習能力に関する報告は少ない。また加齢は学習能力に影響を与える要因の一つと考えられる。本研究の目的は,若年者と高齢者の下肢の運動スキルの学習過程について分析することである。<BR>【方法】<BR> 健常若年者14名(男性7名,女性7名,平均年齢23.9±2.8歳)および健常高齢者14名(66.9±5.7歳,男性7名,女性7名)を対象とした。運動スキルの課題には膝関節屈伸による追従課題を用いた。測定側は左下肢とした。測定肢位は両側を床から離した椅坐位とし,正面に液晶モニター(EDT15AD,EPSON社)を設置した。左膝関節に電気角度(EM134,Noraxon社)を貼付し,出力されたアナログ信号をA/D変換ボード(NI USB-6259,National Instruments社)に入力した。LabVIEW(ver8.6,National Instruments社)を用い,目標角度と計測した膝関節角度を液晶モニターにリアルタイムで波形として表示し,対象者に両者を常に一致させるように指示した。開始肢位は膝関節90度屈曲位とし,目標角度は開始肢位から40度伸展する範囲で設定した。目標角度は0.2Hz,0.3Hz,0.4Hzの正弦波を組み合わせた波形とした。課題は1回25秒であり,3回を1セットとし,30秒の休息をはさみ5セット実施した。休息時には算出したRMS errorの推移を提示した。目標値と計測した関節角度の誤差のroot mean square(RMS error)を算出した。RMS errorは小さいほど誤差が小さく,運動スキルが高いことを示す。各セットの3回のRMS errorの平均値を算出し,各セットの代表値として採用した。RMS errorの推移から若年群と高齢群の運動学習の過程を分析した。なお統計処理にはFriedman検定を用いた。また多重比較として,Wilcoxonの符号付順位検定 (Bonferroni補正)を用い,前後のセット間のRMS errorの差について検討を行った。なお有意水準は5%とした。<BR>【説明と同意】<BR> 測定開始前に,本研究の趣旨を書面及び口頭で説明し,書面にて同意を得た。本研究は鹿児島大学医学部倫理委員会の承認を受けて実施した。<BR>【結果】<BR> 若年群のRMS errorはセット1;7.2±2.3,セット2;5.0±1.7,セット3;4.8±1.4,セット4;4.1±1.2,セット5;4.0±1.0であった。高齢群ではセット1;14.4±4.0,セット2;12.2±4.6,セット3;10.8±4.2,セット4;10.5±4.4,セット5;10.3±4.0であった。いずれのセットにおいても高齢群のRMS errorは若年群の2倍以上の高い値を示した。Friedman検定の結果,両群ともにセット数を重ねるごとにRMS errorが有意に低下し,全セットを通して若年群では3.3±1.6,高齢群では4.1±3.8低下した(若年群,高齢群ともにp<0.001)。多重比較の結果では,若年者ではセット1-セット2間(p=0.004),セット3-セット4間(p=0.037)に有意なRMS errorの低下を認めた。一方,高齢者ではいずれの隣接するセット間でも有意な差を認めなかった。<BR>【考察】<BR> 両群ともにセット数を重ねるごとにRMS errorが減少し,今回用いた追従課題は若年者と高齢者の下肢の運動学習の過程を分析するのに適したものと考えられた。全セットにおける若年群のRMS errorは高齢群の半分以下であり,若年群の運動スキルの高さが示された。しかし,両群ともに全セットをとおしてRMS errorがほぼ同程度低下し,両者の学習曲線はほぼ平行になり,その過程に明らかな差を認めなかった。<BR> 一方,高齢群では若年群に比べ標準偏差が大きく,個人間,セット間のばらつきが大きくなる傾向を示した。高齢群では,施行ごとにRMS errorが増減する対象者,反対に若年群と類似した学習曲線を示す対象者も認められた。運動スキルの学習過程は対象とする運動スキルの難易度や,学習環境にも影響を受けると考えられる。今後は脳血管障害者などを含め対象者を増やし,さらに研究を進めて行きたい。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 理学療法では症例の学習能力に対応したプログラムを立案し,治療効果を高める必要がある。本研究は,理学療法の対象者の学習能力を把握するための基礎的な情報として意義あるものと考える。<BR>

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A3O3005-A3O3005, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680544099584
  • NII論文ID
    130004581718
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a3o3005.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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