トレッドミル後進歩行運動がパーキンソン病患者に及ぼす心理的ストレス
説明
【はじめに、目的】 現在、パーキンソン病(以下PD)の理学療法として後進歩行運動の有効性が複数報告されている。しかし、PDは転倒に注意が必要な疾患であり、自律神経機能障害を有することが知られている。これらのことから、PDの後進歩行運動は心理的ストレスが増加する可能性がある。そこで本研究は、後進歩行運動の効果を改めて検討するとともに、後進歩行によるストレス変化を唾液アミラーゼ値から検討した。【方法】 対象は、PD患者6名(年齢71.67±5.4歳、Hoehn and Yahr stageI:2名、II:3名、III:1名:以下PD群)と健常人8名(年齢52.13±14.7歳)とした。トレッドミル(以下TDL)後進歩行運動は、快適歩行速度で連続5分間を週2回実施した。歩行能力評価は、10m最大歩行速度とTimed Up & Go Test(以下TUG)を採用し、介入前と4週目に実施した。快適歩行速度は、条件を「楽に5分間歩ける速度」とし、初回歩行能力評価実施後に1度TDL後進歩行運動を体験する機会を設け、設定した。唾液アミラーゼ値の測定は、唾液アミラーゼモニター(二プロ社製:CM‐21)を使用した。介入前は、同程度の運動によるストレスを把握する為に、快適歩行速度でTDL前進歩行運動を5分間実施し、唾液アミラーゼ値を測定した。初回のストレスは、2日以上の期間を空けて、後進歩行後に唾液アミラーゼ値を測定した。介入後は2週目と4週目に測定した。唾液アミラーゼ値の測定は、飲食物の影響を避けるために、食後2時間以上経過後に行い、運動開始前には口腔内を真水で十分に洗浄した。唾液の採取は、各TDL運動前の安静椅子座位5分後とTDL運動終了直後に行った。統計学的分析時は、安静椅子座位後の唾液アミラーゼ値を1とし、その変化率を用いた。歩行能力評価の変化と、安静椅子座位後とTDL運動直後の唾液アミラーゼ変化率の比較は、Mann-Whitney検定を用い、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承諾を受けて実施した。対象者には、予め本研究の目的や方法、予想される身体的負担に関して紙面を用いて、口頭で説明し同意を得た。また、研究への同意を撤回する権利を有することを説明した。【結果】 歩行能力評価として実施した10m歩行速度とTUGは、PD群で速度が7.8±2.1秒から7.6±1.5秒、歩数が17.2±3.7歩から17.5±3.5歩、TUGが9.1±3.3秒から8.8±2.2秒に変化したが差を認めなかった。健常群も同様に差を認めなかった。PD群の唾液アミラーゼ値の変化率は、前進運動後が1.5±1.4に、後進運動介入時が 3.8±5.4(p<0.05)に、2週目が3.8±2.9(p<0.05)に、4週目が0.7±0.5に推移した。健常人の唾液アミラーゼ変化率は、前進運動後が1.2±0.4に、後進運動介入時が 1.2±0.4に、2週目が1.7±0.4(p<0.05)に、4週目が1.2±0.9に推移した。【考察】 PD群は、TDL後進歩行運動4週後の歩行能力評価に変化を認めず、唾液アミラーゼ値の変化率が後進歩行開始時と2週目の運動前後で有意な上昇を認め、前進歩行運動時と4週目に差を認めなかった。健常群は、歩行能力に差を認めず、唾液アミラーゼ値の変化率が2週目のみ有意な上昇を認めた。PD患者に対する後進歩行の先行研究で、大森らは本研究と同一条件で6か月後の歩行能力変化を報告している(2010)。PD患者に対する快適速度での後進歩行運動は、4週目で効果を認めず、継続的な実施が必要と考えられた。織茂らは、早期PD患者における心臓交感神経の障害を報告している(2008)。PD群の唾液アミラーゼ値の変化率は、後進歩行運動開始時と2週目に継続して有意な上昇を示しており、不慣れな後進歩行という課題が、心臓交感神経の興奮や全身の筋緊張亢進を引き起こしたと考えられる。また、後進歩行には前進歩行とは異なる筋活動・関節運動が必要だと考えられる。PDは特有の前傾姿勢および股関節伸展制限が存在する。健常群と違い推進力を発揮する為に前進歩行以上の身体的負荷がかかっていると考えられる。しかし、4週目に唾液アミラーゼの変化率は変化を認めない。運動継続により心理面で学習が行われ、身体機能よりも早い段階で学習効果が影響したと考えられる。今回、健常人の唾液アミラーゼ値の変化率も2週目で有意な上昇を示している。TDL後進歩行運動を実施する際は、入念なオリエンテーションと転倒に対するリスク管理を十分行う必要があると思われる。【理学療法学研究としての意義】 PD患者に有効とされる後進歩行運動は、前進歩行運動に比べストレスが生じるが、継続することでストレスが低下することを明らかにし、開始から2週間程度の十分なリスク管理の必要性を示した。
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2011 (0), Bb1438-Bb1438, 2012
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680547851392
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- NII論文ID
- 130004692809
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可