妊婦の起立から歩行動作開始時の姿勢制御機構の変化

DOI
  • 須永 康代
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科 広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座
  • 鈴木 陽介
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
  • 木戸 聡史
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
  • 阿南 雅也
    広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座
  • 新小田 幸一
    広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座

抄録

【目的】妊娠中は腹部の容積・重量が大きくなるにつれて、身体重心(COM)が前下方へ変位し、これを代償するために胸椎後彎や腰椎前彎の増加または減少が生じることが報告されている。筆者らは前報において、妊娠経過に伴う胸腰椎の彎曲の増減に関する変化パターンの個人差を報告した。妊娠中は脊柱の彎曲を変化させてCOMを後方移動し、安定性を確保している。しかし、こうした変化が腰背部痛の原因となり、日常生活活動(ADL)に影響を与える可能性がある。そこで本研究は、ADLにおいて最も基本的かつ行う頻度の高い動作の1つである起立してそのまま歩行を開始する一連動作で、妊娠中にはどのような動作様式の変化が起こるかを調べ、妊婦が妊娠中に安全で快適な生活を送るための情報を得ることを目的として行った。<BR><BR>【方法】対象者として、妊婦9名(年齢:平均29.6±3.9歳、身長:平均161.3±4.4cm、1回目測定時(妊娠18±1.9週)の体重:平均58.6±6.9kg)と、コントロール群として未経産女性9名(年齢:平均30.9±3.2歳、身長:平均157.9±5.0cm、1回目測定時の体重:平均52.1±6.8kg)の協力を得た。妊婦群は妊娠16-18週、24または25週、32または33週で計3回測定を行った。コントロール群は初回とその16週後に再度測定を行った。対象者には頭頂、一歩目遊脚側の肩峰、大転子、膝関節中央、外果に標点マーカーを貼付し、デジタルビデオカメラ(Sony社製 DCR-DVD508)を用いて矢状面より撮影を行った。対象者には課題動作としてまず背もたれと肘置きのない椅子に座り、計測者の合図とともに任意の速さで立ち上がり、前方へ歩くよう指示した。座面高は床面から膝関節裂隙までの高さに設定した。座位から起立し、歩行に移行する動作を3回試行した。撮影した画像は画像解析ソフトウエア (NIH製Image J)を用いて解析し、COMの前後・鉛直方向の座標および速度を算出した後、頭頂マーカーが動いた時点から一歩行周期終了までを一連動作時間として時間正規化を行った。また、COM移動の円滑さを調べるため、鉛直方向座標(Az)の位相面解析を行った。統計学的解析には、SPSS 16J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を使用し、妊婦群のデータは反復測定による一元配置分散分析にて妊娠時期毎に比較した。また、コントロール群との比較にはt検定を用い、有意水準はp<0.05を採用した。<BR><BR>【説明と同意】本研究の実施にあたり、著者所属機関の倫理委員会の承認を得、対象者には研究の目的と内容について十分に説明し、同意を得たうえで測定を実施した。<BR><BR>【結果】1動作中の妊婦群の前後方向COMの平均移動速度は、2回目と3回目は、1回目より高い値を示し、さらにそのピーク値の発生時間が有意に早くなっており(p<0.05)、妊娠週数が進むにつれて現れる変化が確認された。各測定時期でのコントロール群との比較では、前後方向COM速度のピーク出現時期は有意に早くなっていた(p<0.05)。位相面解析からは、コントロール群では起立動作開始後、Azの1階時間微分dAz/dtが収束しないまま歩行動作へと移行していたのに対し、妊婦群では1回目測定時は起立動作後にdAz/dtが収束してから歩行動作へと移行していたが、2回目、3回目測定時にはコントロール群と同様のパターンを示す被験者がみられた。<BR><BR>【考察】起立動作の要素においては、妊婦は妊娠週数が進むにつれて腹部の容積が増大するため、起立動作時の体幹前傾が困難となり、COMの前方移動は不十分となると考えられるが、視覚的に著明なアライメント変化を認めない妊娠初期であっても、すでにコントロール群よりも前後方向COM速度ピーク出現時期は早くなっていた。妊娠週数の経過とともに前後方向COM速度は速くなっており、また、位相面解析からも妊娠初期では一旦は確実な制御の後に歩行動作へと移行することを確認したが、妊娠中期、後期と進むにつれてコントロール群と同様に、起立動作開始後のCOM軌跡が収束しないまま歩行動作へと移行していたことから、妊娠経過に伴う形態的変化に徐々に適応し、とぎれなく過渡的に動作が遂行可能となっていることが明らかになった。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】起立動作は、引き続く何らかの目的動作を遂行するための準備動作であり、起立後に移動動作を伴うことが多いため、起立から歩行までを一連動作として解析する必要がある。また、妊娠・出産は女性にとって重大なライフイベントであり、妊娠中の動作機構の変化について明らかにすることは、妊婦が安全かつ快適な生活を送るためには重要であり、本研究の結果は理学療法士の果たす役割の1つを提示できたと思われる。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI2090-AbPI2090, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680547870592
  • NII論文ID
    130005016630
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.abpi2090.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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