靴底の硬さが歩行に及ぼす影響
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- 上島 正光
- ハーベスト医療福祉専門学校 理学療法学科
書誌事項
- タイトル別名
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- 靴選びから転倒予防を考える
説明
【目的】転倒は高齢者の約20%に見られ、骨折など重篤な障害をもたらす。また高齢者の転倒は「つまずき」によるものが多く、遊脚期における外因性のつまずきは全体の約34%を占めると言われる。一方、歩行における蹴りだし動作は遊脚期に大きな影響を与え、蹴りだし動作は各関節の動きと密接にリンクすることが予想される。そこで、靴底の硬さを変えることで蹴りだし動作に変化を与え、靴底の硬さが歩行における各関節運動や床-足尖距離にどのような影響を及ぼすか明らかにすることを目的に本研究を行った。<BR><BR>【方法】対象は下肢に既往が無く、足の実測長が23.0cmから24.0cmの健常人女性16名(年齢20.2±1.6歳)とした。運動課題は、指定した運動靴を履いて行う、至適速度での10メートル歩行である。中間の1歩行周期において、靴伸展角度(立脚後期での靴の曲がり具合)、膝関節屈曲角度、足関節底屈角度、床-足尖距離を三次元動作解析装置MAC3D system(nac社製)にて測定した。マーカーの貼付部位は、大転子、膝関節外側裂隙、足関節外果と、靴の両尖端、靴の曲がり目両端、踵部とした。靴伸展角度は、靴の曲がり目両端の中点と踵を結んだ直線と、靴の曲がり目両端の中点と両尖端の中点を結んだ直線のなす角度と定義した。また床-足尖距離の測定は、med swingにおける靴両尖端の中点軌道の最頂点を測定し、その高さから静的立位時における同部の高さを引いたものを当研究における床-足尖距離と定義した。運動靴の中に、硬さの大きく異なるインソールを2種類入れ分け、靴底が柔らかい靴と硬い靴を再現した。1)柔らかいインソールを入れて歩く場合をsoft群、2)硬いインソールを入れて歩く場合をhard群と名付け、2条件にて運動課題を行った。各条件での測定を3回ずつ施行し、測定した3回の平均値を解析データとして用いた。解析項目は、(a)靴最大伸展角度、(b)膝関節最大屈曲角度、(c)足関節最大底屈角度、(d) 床-足尖距離とし、2群間の平均値の差を対応のあるt-検定を用いて検討した。なお有意水準は5%未満とした(p<0.05)。<BR><BR>【説明と同意】全被験者に実験概要、データの取り扱い、データの使用目的を示す書面を提示し、口頭にて説明したのち、同意書に署名をいただいた上で本研究を行った。<BR><BR>【結果】(a)靴最大伸展角度は、soft群35.5±5.1°、hard群26.8±6.1°であり、soft群に対しhard群にて靴最大伸展角度は有意に小さかった(p<0.01)。(b)膝関節最大屈曲角度は、soft群63.2±7.0°、hard群54.4±9.6°であり、soft群に対しhard群にて膝関節最大屈曲角度は有意に小さかった(p<0.01)。(c)足関節最大底屈角度は、soft群23.8±5.6°、hard群19.6±5.4°であり、soft群に対しhard群にて膝関節最大屈曲角度は有意に小さかった(p<0.01)。(d) 床-足尖距離は、soft群2.5±0.8cm、hard群1.4±0.5cmであり、soft群に対しhard群にて床-足尖距離は有意に小さかった(p<0.01)。<BR><BR>【考察】soft群に比べ、hard群において靴最大伸展角度は有意に小さかった。これはインソールが硬くなるに伴い靴底の曲がりが全体的に制限された結果であり、本研究で用いたインソールが靴底の硬さが違う2種類の靴をうまく再現できたものと考える。また膝関節屈曲角度、足関節底屈角度もsoft群に比べ、hard群において有意に小さかった。インソールが硬くなり靴伸展角度が小さくなる時、同時に靴の中で足趾のMP関節の伸展も制限されている事が予測される。蹴りだし動作の肢位において足趾MP関節の伸展が制限されると、重心位置を保つためには足関節を背屈して対応する。結果として足関節底屈角度はhard群にて有意に小さくなったものと考える。歩行における身体重心の垂直方向移動を少なくする機構として、膝関節と足関節の屈曲・伸展は相反する動きをするとされる。今回の結果においても足関節の底屈が減少すると同時に膝関節の屈曲角度も減少し、前述した相反する下肢の動きを再現しているものと考える。床-足尖距離も同様にsoft群に比べ、hard群において有意に小さかった。本来、歩行中の関節運動に伴い床反力は足底外側から母指先端へスムーズに移動するが、本研究では立脚後期における足趾MP関節の伸展・足関節底屈・膝関節屈曲角度が制限される。この関節運動の制限が下肢運動の加速度を減少させ、床-足尖距離を減少させたのではないだろうか。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】高齢者が靴を選択する際、着脱のしやすさ、履き心地、値段、外見など多くの要素を考慮する。今回の研究から、硬すぎる靴底は下肢の関節運動を制限するとともに床-足尖距離を減少させる可能性が高く、靴選びの選択基準に靴底の硬さ(曲がりやすさ)を考慮する事は、高齢者の転倒を減少させる一助になるのではないだろうか。
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI2047-AbPI2047, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680548030976
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- NII論文ID
- 130005016587
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可