円背モデルにおける立ち上がり動作の解析

  • 香取 暁
    さいとう整形クリニック リハビリテーション科
  • 徳田 良英
    帝京平成大学健康メディカル学部理学療法学科

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  • 下肢関節モーメントに着目して

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【目的】<BR> 高齢者の加齢による身体的変化の一つとして円背姿勢が挙げられる.円背姿勢は骨粗鬆症による脊柱変形,腰背筋萎縮による筋力不全,椎間板変性といった脊柱支持組織の加齢変化など脊柱の後彎が拡大することで起こる.円背姿勢の多くは日常生活の立ち上がり動作に強い影響を及ぼし,理学療法による身体的アプローチや手すり等の環境整備による対応が行われている.<BR> 我々の研究グループは健常者にナイロン製の固定ベルトを装着する円背装置を考案し,高齢者に多い円背姿勢モデルを再現する事で各種人間工学的な実験研究を行ってきた.これまでにも膝関節伸展筋力の実験研究(守山・他,2007)や,浴槽またぎ動作に関する実験研究(松田・他,2010)の成果を報告し,円背姿勢によって下肢筋力やバランス面で顕著に不利となる事を数量的に明らかにしてきた.本稿は円背装置による一連の実験研究の一環として特に高齢者の臨床場面で多い円背姿勢による立ち上がり動作の影響の解明を目的に円背装置の有無による下肢関節モーメントの差異を比較した.<BR><BR>【方法】<BR> 対象は健常若年者11名とした (男性11名,平均年齢:22.0±0.4歳,身長:170.9±6,9cm,体重:60.4±7.1kg).実験装置はForce-plate(kistler社製type Z15907A,サンプリング周波数100Hz)上に設置した坐面昇降椅子(酒井医療社製AD-100,AD-130)を坐面高40cmの位置で固定し用いた.この装置上で被験者は立ち上がり動作を行い,その様子を三次元動作解析装置(VICON社製ソフトウェアVICON Nexus)にて測定・分析した.反射マーカーはPlug-in gait modelに基づき全身の計36箇所に貼付した.測定は1.円背姿勢,2.正常姿勢の順で行うことを全被験者で統一した.円背での測定では被験者に体幹の前後屈を制限するため円背装置(ナイロン製ベルト)を装着し行なった.円背の程度はC7とL5の棘突起下端部を結んだ線分の二等距離をaとし,この2等分点から背面までの距離をbとしてtanθ=b/aより求めた(草刈・他,2003を参考).解析に用いるモーメント値は立ち上がり動作中のピーク値(殿部離床後)を用い,関節モーメント値はX・Y・Z成分から成るため各関節のピーク値のX,Y,Z各方向の関節モーメントの体重比の二乗和を平方根したΣM(Nm/kg)を算出した(田中・他,2005を参考).算出した円背姿勢と正常姿勢それぞれの股,膝,足関節のΣMを比較するためWilcoxonの符号付き順位検定にて有意水準5%で検定を行った.<BR><BR>【説明と同意】<BR> 被験者に本研究の実施方法を十分に説明し書面にて同意を得て行った.<BR><BR>【結果】<BR> 円背装置による角度(°)の平均値±標準偏差は23.1±4.3°であった.ΣM(Nm/kg)の平均値±標準偏差は股関節のΣMhは円背姿勢が1.51±0.32 Nm/kg,正常姿勢が1.71±0.27 Nm/kgで,円背姿勢が正常姿勢に比べ小さい傾向で統計学的有意差があった(p<0.05).膝関節のΣMkは円背姿勢が1.37±0.42 Nm/kg,正常姿勢が1.18±0.36 Nm/kgで円背姿勢が正常姿勢に比べ大きい傾向で統計学的有意差があった(p<0.05).足関節のΣMaは円背姿勢が0.54±0.34 Nm/kg,正常姿勢が0.52±0.31 Nm/kgで,統計学的有意差は認められなかった(p>0.05).<BR><BR>【考察】<BR> 今回の研究では円背装置の有無で股関節のΣMhおよび膝関節のΣMkで有意差が認められた.股関節のΣMhが円背姿勢で小さな値を示したのは円背装置の制限により骨盤・体幹の前傾角度が十分に得られなかったためと考える.骨盤前傾が減じた立ち上がり動作では股関節を中心とした体幹の運動エネルギーが利用出来ず殿部離床後に膝関節伸展モーメント優位な立ち上がり動作となることが体幹前傾の制限された円背姿勢で股関節のΣMhが小さな値を示す結果になったものと考える.膝関節のΣMkでは円背姿勢の方が大きな値を示した.これは前述の骨盤前傾が減じた立ち上がり動作では体幹部の代償として膝関節伸展を過剰に用いる事が円背姿勢での膝関節のΣMkが大きな値を示した原因と考える.足関節のΣMaについて円背姿勢と正常姿勢との間に有意差は認められなかった.これは被検者の立ち上がり動作に個人差があり,殿部離床後に膝関節での代償または足関節での代償を用いるかで足関節背屈角度に影響し,円背姿勢での立ち上がり動作における足関節のΣMaにばらつきが見られたためと考える.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 円背装置は実際の患者を対象としておらず患者への負担はなく,より安全で均質に対象者の協力が得られるメリットがある.モデル実験で,ある程度理論を固め臨床応用への足がかりにする事は理学療法研究方法として大きな意義がある.また立ち上がりと円背姿勢については臨床上重要なテーマであり今後の研究の発展や応用が期待できる.

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