下後鋸筋エクササイズが下位胸郭横径拡張および体幹後屈可動域に及ぼす効果

  • 中村 直樹
    広島国際大学医療・福祉科学研究科医療工学専攻
  • 蒲田 和芳
    広島国際大学保健医療学部理学療法学科

Description

【目的】<BR> 腰痛は先進工業国において最も一般的な疾患であり,その生涯有症率は49-70%,時点有症率は12-30%とされる(van Tulder et al.2002)。その原因は十分解明されておらず、また予防法も未確立である。Chest grippingは上部腹筋群の過緊張により下位胸郭の展開が制限される状態(下位胸郭横径拡張不全)のことである(Lee)。これは胸郭の自由度を低下させ,胸椎運動の制限,そして腰椎運動への負荷の増大をもたらし,腰痛の一因となり得ると考えられている。下位胸郭の展開制限は,特に後屈運動における胸椎伸展可動域をもたらすことから,伸展型腰痛の一因として認知されつつある。しかしながら,現在までに下後鋸筋エクササイズが下位胸郭の横径拡張と後屈可動域の改善をもたらすとしたエビデンスは存在しない。下後鋸筋は同側下位肋骨を後方に引く作用を有し、片側性の活動は下位胸郭の回旋、両側性の活動はchest grippingに拮抗して下位胸郭の横径拡張および胸椎伸展に貢献することが,我々の先行研究において示唆された。特に四つ這い位で脊柱過伸展位での上肢屈曲では下後鋸筋の独立した活動が得られた。本研究は下後鋸筋エクササイズがchest grippingを改善させ,体幹後屈時の下位胸郭横径拡張を増大させるかどうか,また体幹後屈可動域を増加させるかどうかを検証することを目的とした。<BR><BR>【方法】<BR> 対象者の包含基準は,18-30歳,健常者,男性であり,除外基準は腰痛,医学的リスク,精神障害とした。対象者をランダムに下後鋸筋エクササイズ群(SPI群)9名,腹直筋ストレッチ群(RA群)9名,広背筋エクササイズ群(LD群)9名の3群に割りつけた。研究プロトコルは介入前測定,1回目介入後即時効果測定,3週間の介入後測定とした。SPI群は四這い位で脊柱過伸展位での上肢屈曲運動を実施した。RA群はパピーポジションから上肢を伸展させ,体幹伸展による腹直筋ストレッチを実施した。LD群はゴムチューブを用い,ローイングを実施した。アウトカムは安静時,吸気時,呼気時,体幹30°後屈時の下位胸郭横径拡張と最大体幹後屈角度とした。下位胸郭横径拡張には我々が開発したRTM(Rectangle Thorax Measure)を用いた。最大体幹後屈角度は,ベース部分を2cm高くした反射マーカーをT3,T6,T11,L2,S2,ASISに貼付した上で,家庭用ビデオカメラで体幹後屈動作を側面から撮影した画像により算出した。ASIS,S2に貼付したマーカーを通る線とT3,T6に貼付したマーカーを通る線が成す角を胸椎後屈角度(TA),ASIS,S2に貼付したマーカーを通る線とT11,L2に貼付したマーカーを通る線が成す角を腰椎後屈角度(LA)とした。統計は統計解析ソフトPASW statistics 18を用い,反復測定分散分析を実施した。有意水準をp<0.05とした。<BR><BR>【説明と同意】<BR> ヘルシンキ宣言の精神に基づき作成された同意書に署名した27名を対象とした。<BR><BR>【結果】<BR> 下位胸郭横径拡張,体幹後屈角度の両方において,SPI群,RA群,LD群の介入前,介入後即時効果,3週間の介入後にいずれも有意な差はみられなかった。下位胸郭横径拡張において,RA群は3週間後に減少傾向を示した。<BR><BR>【考察】<BR> 本研究の結果,下後鋸筋エクササイズは下位胸郭横径拡張の増大を示さなかった。また,腹直筋の伸張は下位胸郭横径拡張を増大させず,3週間後には横径拡張が減少した。Chest grippingを改善するには,上部腹筋群の過剰な緊張を取り除き,下位胸郭横径拡張を増大させることが必要と考えられる。我々の先行研究では,下位胸郭横径を拡張させるため上部腹筋群の緊張を抑制した状態で下後鋸筋単独の活動を得る方法として,四つ這い位で脊柱過伸展位での上肢屈曲(下後鋸筋エクササイズ)が妥当であることが示唆された。しかしながら,本研究の結果,下後鋸筋エクササイズ単独では腹部の軟部組織の緊張を取り除くことはできなかった。したがって,上部腹筋を含む下位胸郭周辺の軟部組織の過緊張を排除することが必要であることが示唆された。そして,腹部の軟部組織の緊張を取り除くためには単純に腹直筋を伸張することを避け,軟部組織リリースなどの手段を選択しなければならないことが示唆された。本研究の限界として,体表マーカーを用いた二次元的な体幹後屈可動域測定を行ったため,皮膚運動による誤差の可能性がある。本研究では下後鋸筋エクササイズ単独では下位胸郭横径拡張を増大させないことが示唆された。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 下位胸郭横径拡張は、体幹後屈における下位胸椎伸展を有効に動員するための必要条件である可能性がある。本研究は下後鋸筋エクササイズ単独では下位胸郭横径拡張増大に効果を示さず,腹部の軟部組織の緊張を取り除く他の手技と併用すべきであることが示唆された。

Journal

Details 詳細情報について

  • CRID
    1390282680548257280
  • NII Article ID
    130005017408
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.cdpf2045.0
  • Text Lang
    ja
  • Data Source
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • Abstract License Flag
    Disallowed

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