暗算負荷試験による精神負荷がトレッドミル歩行に与える影響
説明
【目的】<BR> 転倒に関する研究からさまざまな転倒要因が挙げられている。その一つにPetrellaらは高齢者の認知・精神機能が転倒と関係し、Tinettiらは生活に支障をきたす転倒を経験すると再び転倒するのではないかという精神的不安から転倒危険性を増加させると報告している。精神的不安の身体反応として、Steptonは精神負荷下では交感神経活動由来の心臓血管系への変化をもたらすとしている。本実験は精神負荷が転倒を誘引する一つと仮定し精神負荷が歩行に与える影響を検討した。<BR>【方法】<BR> 対象者は健常人29名(男性23名、女性6名、年齢21.6±3.2歳、身長167.2±4.5cm)。これを歩行中に付与する精神負荷条件によって無作為に3群に配置した。この3群は、精神負荷が付与されない群(コントロール群)、ディスプレイ上に順提示される数字を数える群(カウント群)、精神負荷が付与される群(精神負荷群)とした。精神負荷はディスプレイ上に1桁の数字を1秒毎に計30秒間提示し、その数字を加算する暗算負荷試験である。本実験は室温25°Cに設定した静かな薄暗い部屋で実施した。対象者は床反力計内蔵のトレッドミルWinFDM-Tで4.5km/hで歩行し、歩行パターンと筋活動、心電図を記録した。歩行パターンは床反力計から記録した。筋活動の測定筋は右脊柱起立筋、右大腿直筋、右大腿二頭筋、右前脛骨筋、右腓腹筋外側頭とし、無線筋電計で記録した。心電図はベッドサイドモニターBSM-2400で記録した。トレッドミル歩行に慣れた後、十分な休息をとり、その後5分30秒間の歩行を行った。歩行開始から1分後(Pre1)、2分30秒後(Post)、4分後(Pre2)の各30秒間の歩行パターンと筋活動、心電図を記録した。Postでは3群に配置した精神負荷条件で歩行を行った。歩行パターンは歩行動作解析ソフトWinFDM-T Gait-Analysis version01でStep width、Total double support、Stride length、Stride time、Cadenceを分析した。筋活動はサンプリング周波数1000HzでPCに取り込み、動作筋電図解析ソフトマイオリサーチXPで解析した。筋電図は記録開始から10秒後の5歩行周期分のデータを抽出し、単位時間当たりの筋積分値(iEMG)を算出した。心電図はR‐R間隔から心拍数(HR)を算出した。歩行パターンの各項目とiEMGおよびHRのPre2とPostをPre1で除法し正規化した(%Pre2、%Post)。統計学的分析は統計ソフトStatcel2を用いた。群内比較は%Pre2と%PostをWilcoxon signed-ranks test で、群間比較は%PostをANOVAとPost-hoc testで分析した。<BR>【説明と同意】<BR> 本実験は大阪河崎リハビリテーション大学倫理委員会の承認を得ており、ヘルシンキ宣言を鑑み、実験の概要および公表の有無、個人情報の取り扱いについて同意を得た対象者に実施した。<BR>【結果】<BR> 群内比較では、精神負荷群のHRは%Pre2(94.0±5.9)に対し%Post(118.2±12.59)で有意差を示した(p<.01)。精神負荷群のStep width は%Pre2(99.1±7.2)に対し%Post(117.6±16.6)で有意差を示し(p<.01)、Cadenceは%Pre2(98.0±2.4)に対し%Post(99.7±2.0)で有意差を示した(p<.05)。精神負荷群の大腿二頭筋iEMGは%Pre2(90.0±16.5)に対し%Post(107.7±25.2)で有意差を示した(p<.05)。群間比較では、精神負荷群のHRはコントロール群とカウント群に対し有意な増加を示した(p<.01)。精神負荷群のStep widthはコントロール群とカウント群に対し有意な増加を示した(p<.05)。<BR>【考察】<BR> 歩行中に暗算負荷試験を与えるとHRが増加したのは、注意機能や精神負荷が交感神経活動の亢進を生じさせたためであり、この亢進によって歩容の乱れを誘発したと考える。本来、歩容の乱れが生じると歩行速度を減少させるが、本実験ではトレッドミル歩行によって速度が既定されているために、歩幅を調整することによって歩行速度に適応したものと推察される。これらのことにより、歩行動作はほぼ自動化された動作であるが精神負荷によって歩行に変化を生じさせることが検証された。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 歩行練習初期者や転倒経験者は転倒に対する不安感を抱いている。転倒要因である運動機能や物理的環境への介入だけではなく、精神的介入を考慮した歩行練習の重要性が示唆された。<BR>
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2010 (0), EcOF2105-EcOF2105, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680549027584
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- NII論文ID
- 130005017766
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可