発症から5年経過した脳梗塞左片麻痺の症例に対する認知運動療法
書誌事項
- タイトル別名
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- ─身体の認識に着目して─
説明
【はじめに】 脳損傷を起こした後,麻痺が回復する過程は6カ月から1年でプラトーとされている(中島,2000).今回担当した症例は発症から5年経過しており,一般的にはプラトーと考えられる.しかし本症例は著明な感覚障害はないにも関わらず立位時に下肢の認識が低下しており,下肢のアライメントの崩れや異常な筋緊張の出現に気付くことが難しかった.運動に伴って生じる感覚に注意を向け,身体の認識を改善することに着目し,認知運動療法を行った結果,改善が見られたので報告する.【症例】 症例は5年前に脳梗塞を発症した80歳代女性である.発症4年後に他施設に入院し,リハビリを開始し,5年4カ月経過したところで当院へ入院となった.長谷川式簡易知能評価スケールで12点で認知症による記憶障害はあったが,その他高次脳機能障害はなく,コミュニケーションも良好であった.Br. Stageは上肢2,下肢3,手指2であった.麻痺側下肢の各関節の運動覚や触圧覚に著明な障害はなかったが,立位時の下肢の位置関係の認識が低下しており,下肢が股関節屈曲・外旋,膝関節屈曲,足関節底屈の状態にも関わらず気付くことが難しかった.そのとき麻痺側下肢の状態を問うと「わからない」「動かない」「支えられない」などと記述していた.筋緊張はハムストリングス・下腿三頭筋が亢進しており,立位時にも同様に亢進がみられ,クローヌスが出現することも多くあった.立位は平行棒を把持しなければ保持できず,麻痺側優位であるため荷重量は非麻痺側が増加していた(左側最大荷重量は10kg).Functional Balance Scale(以下FBS)は16点で立位バランス能力が低下している状態であった.以上の評価から本症例は麻痺側下肢の状態が解らないまま立位をとっていたことでアライメントの崩れや異常な筋緊張が出現していることに気付くことが難しかった.それによって立位バランスが低下していたと考えられたが,麻痺側下肢の状態が解らないことでそれを修正することもできていない可能性があった.すなわち身体の認識の低下により,環境に適応した運動を行うための下肢の機能が破綻していると考えた.【説明と同意】 対象者に対し発表に関する説明を行い誌面の署名によって同意を得た.【経過】 以前の理学療法では関節可動域練習や筋力増強練習や座位・立ち上がりなどの基本動作練習を中心に行っていた.当院では身体の認識に着目し,治療を立案した.治療目的は立位時麻痺側下肢の認識向上によりアライメントの崩れや異常な筋緊張を制御し,両下肢で身体を支えられることとした.期間は発症5年4ヵ月目からの5ヶ月間であった.練習は他動・自動運動で体性感覚に注意を向け,その感覚により環境の情報を識別するように実施した.方法は臥位・立位で膝窩にスポンジを当て硬度識別する課題や臥位で下肢を3段階の角度に屈曲し踵の位置を認識する課題,立ち上がり・歩行練習を段階的に難易度の設定を行い実施した.当初は体性感覚に注意が向かず,感覚情報の識別も困難であるため筋緊張の制御が困難だったが,徐々に他動・自動運動時に異常な筋緊張制御が立位でも可能となった.最終評価では立位時に注意を促すと下肢のアライメントや異常な筋緊張に留意しながら立ち上がりが可能となった.よって立位時には異常な筋緊張が軽減し,下肢アライメントの崩れも少なくなり,麻痺側下肢への荷重量増加もみられた(左側最大荷重量は左25kg).また上肢の支持なく30秒以上の保持が可能となり,FBSも21点に改善した.立位が改善しただけでなく4脚杖歩行が近位監視で3m程度可能となった.自分の身体に対しては「支えられる」「歩きたい」という内省が得られた.【考察】 今回身体を認識するアプローチで運動に伴う感覚に注意を促すことで立位時に下肢の状態に注意し,異常な筋緊張を制御しつつ立位を保持可能となった.感覚・知覚系は,身体の状況と運動の調整に必須な環境の特徴に関する情報を供給しており,感覚・知覚情報は環境の中で効果的に行動するために不可欠である(Rosenbaum,1991).身体の認識が向上したことで自らの身体状況をモニタリングしながら運動の実行・修正が可能となった.それが身体を支えるという麻痺側下肢の機能の改善につながり,立位や歩行が可能となったと考える.【理学療法学研究としての意義】 発症から5年経過し機能回復もプラトーと考えられる症例でも, 改善が可能であった.その中でも身体の認識が低下している症例に対して,身体の認識を促し,環境との相互作用が可能な身体の使い方を学習させることに意義がある可能性が考えられた.
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2011 (0), Bf0855-Bf0855, 2012
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680549043584
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- NII論文ID
- 130004692862
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可