重度感覚障害脳卒中患者の上肢機能に対する末梢神経感覚電気刺激と課題指向型練習の試み

Description

【目的】<BR> 近年,神経リハビリテーション分野において末梢神経感覚電気刺激(Peripheral nerve sensory stimulation: PSS)が注目されている.PSSとは,感覚閾値電気刺激を一定時間与えることで,刺激部位の皮質運動野の興奮性を増大させるという方法であり,Kaelin-Langら(2002)は,PSSによる興奮性の増大は約30分間続き, 刺激神経と同じ領域の筋の興奮性が増大するとしている.先行研究では,脳卒中患者に対してPSSと課題指向型練習(Task-oriented Training:TOT)の組み合わせが,上肢運動機能の改善に有効であることを報告している.しかし,体性感覚障害を有する脳卒中患者への効果については調査されていない.本研究の目的は,体性感覚障害を有する回復期脳卒中患者に対して,PSSとTOTの組み合わせが上肢機能に与える影響について検討することとした.<BR><BR>【方法】<BR> 対象は回復期リハビリテーション病棟入院中の脳卒中患者2名である.【症例1】左視床出血発症後164日経過した45歳の男性である. Fugl-Meyer Assessment 上肢項目(FM)は41点で,右上肢,手指の表在,深部感覚ともに重度鈍麻であった.【症例2】左皮質下梗塞発症後65日経過した73歳の女性である. FM上肢項目は48点で,右上肢,手指の表在感覚が重度鈍麻を呈していた.<BR> 研究デザインはABデザインを採用し,研究期間は,基礎水準期,操作導入期ともに1週間(計2週間)と設定した.基礎水準期はSham刺激とTOTを併用した治療(Sham+TOT)とし,操作導入期ではPSSとTOTの併用治療(PSS+TOT)を実施し,それぞれ週6回ずつ実施した.刺激機器はIntelect ADVANCED COMBO (Chattanooga社製)を使用した.刺激部位は麻痺側正中神経,尺骨神経とし,両神経を同時刺激するよう設定した.刺激パラメーターは単相矩形波,パルス幅1ms,周波数10Hz,バースト周波数1bpsとした.刺激時間は60分とし,刺激強度は5mA程度とした.Sham刺激は同部位に電極を貼付するのみとした. Sham+TOTとPSS+TOTは共に60分実施した.<BR> TOTは麻痺側強制使用法を参考に行い,難易度は対象者の機能に応じて調整した.<BR> 評価項目は,日本語版Wolf Motor Function Test(WMFT),Modified Jebsen Test(MJT),Box & Block Test(BBT),握力,ピンチ力,FM上肢項目,2点識別覚(正中尺骨神経領域),触覚,位置覚とした.評価は,初期基礎水準期終了時・操作導入期終了時に実施した.<BR><BR>【説明と同意】<BR> 対象者には本研究の主旨と治療効果,副作用について十分な説明を行い,手記にて同意を得た後に評価と治療介入を行なった. 本治療法については施設長と主治医の許可を得た.<BR><BR>【結果】<BR> 基礎水準期と比較して,症例1は操作導入期後のMJT時間とBBTの改善が大きかった(MJT時間:初期時83.08秒,基礎水準期後98.38秒,操作導入期後67.34秒, BBT:初期時16,基礎水準期後16,操作導入期後18). WMFT時間は基礎水準期後よりも操作導入期後の改善が乏しかった(初期時148.0秒,基礎水準期後106.5秒,操作導入期後87.3秒).<BR> 症例2では操作導入期後のMJT時間とWMFT時間の改善が大きかった(MJT時間:初期時53.71秒,基礎水準期後41.23秒,操作導入期後30.84秒, WMFT時間:初期時74.0秒,基礎水準期後195.0秒,操作導入期後49.0秒)BBTにおいて変化は見られなかった.両症例でピンチ力,握力については大きな変化は見られなかったが,右腕が動きやすくなった,腕が軽くなったという内省報告が得られた.体性感覚は症例1では変化は見られなかったが,症例2において改善が認められた.<BR> <BR>【考察】<BR> 両症例において,操作導入期に特異的にMJTの改善を認め,WMFTとBBTでも改善傾向を示したことから重度感覚障害を有する脳卒中患者においてもPSS+TOTが有効である可能性が考えられた.さらに,症例2では操作導入期に2点識別知覚,位置覚が改善した.先行研究では,多発性硬化症や脊髄損傷患者においてPSSによる感覚障害の改善が報告されており,PSSが感覚野の可塑性変化を起こした可能性が考えられた.また症例1では,今回用いた感覚障害の評価尺度からは変化を捉えられなかったが,内省報告から動作時の感覚は変化している可能性があり,感覚入力の増大が上肢機能改善に影響を及ぼしたと考えられた.以上の結果から,本法は麻痺側強制使用法のようなTOTによる運動学習をさらに促進する臨床実用性のある治療として期待される.<BR> <BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> PSSは設定が容易で副作用が少なく,本邦の臨床場面においても十分応用が可能であり,運動学習を促進する新たな物理療法として期待される.本研究の結果は,PSSが脳卒中後の感覚障害を改善する可能性を示した貴重な報告であり,重度感覚障害に対する新たな治療となる可能性がある.

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Details 詳細情報について

  • CRID
    1390282680549114880
  • NII Article ID
    130005017811
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.feos3069.0
  • Text Lang
    ja
  • Data Source
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • Abstract License Flag
    Disallowed

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