当院における高位頸髄損傷者への非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)の導入

説明

【目的】非侵襲的陽圧換気療法(以下NPPV)は、欧米において確立された治療法であるが、本邦においては未だ適応が限られている。近年、土岐らにより高位頸髄損傷者に対してNPPVの導入がなされているものの、ごく一部の病院で実施されているのが現状である。この度当院においても、気管切開を介した人工呼吸器管理の高位頸髄損傷者に対して、初めてNPPVが導入された。当院のNPPV導入の経過と、導入後の呼吸機能の変化からその有効性を検討した。【方法】今回NPPVを導入した症例は、自動車事故にて受傷後、第108病日経過し、当院へリハビリテーション(以下リハビリ)目的で入院された高位頸髄損傷患者である。診断名はC1脱臼骨折後頸髄損傷(ASIA B)で、NPPV導入後現在の運動機能は胸鎖乳突筋2・僧帽筋2・以下0、感覚機能はC2以下の触覚鈍麻・痛覚脱失を呈している。当院入院直後よりon-off法にて人工呼吸器離脱練習を開始し、徐々に離脱時間は延長され、第234病日には日中において、計6時間の離脱が可能となった。しかし、痰の貯留や呼吸苦のため、完全に人工呼吸器を離脱するのは困難であった。人工呼吸器離脱に対する症例の希望は強く、また主治医によりNPPVの適応であると判断され、第350病日NPPVへの導入準備が開始された。第410病日に気管切開カニューレをカフなしカニューレへ変更、第413病日には一時的にカニューレに蓋をし、マウスピースにて口から送気を受ける練習を開始した。カニューレを介さない人工呼吸器管理にも慣れ、第522病日気管切開部を閉鎖し、NPPVの導入を完了した。本研究では、NPPV導入前後における人工呼吸器設定、肺活量の変化、およびNPPV導入後の最大強制吸気量、peak cough flow(以下PCF)の変化を検討した。またPCFについては排痰能力を評価するため、(1)自力呼吸後(2)人工呼吸器からの送気を3回息溜めした最大強制吸気後(3)最大強制吸気後胸部圧迫介助の3パターンを計測した。呼吸機能の計測にはオートスパイロAS-302(ミナト医科学社)を使用した。【説明と同意】NPPVの導入は、主治医からNPPVのメリット・デメリットについての説明を十分におこなった上で実施された。本研究については、研究目的を症例に十分理解していただき、NPPV導入に関する経過や情報を公表することに了承・同意を得た。【結果】NPPV導入前の人工呼吸器と設定はTバード・SIMVモード・TV600ml・呼吸数10回/分・PS 4であったが、NPPV導入後はレジェンドエア・CVモード・TV1300ml・呼吸数12回/分・I/E比は1/2.0に変更された。自力での肺活量は400mlから540mlへ向上した。最大強制吸気量は3070ml、PCFは前述の順に(1)49L/min、(2)256L/min、(3)407L/minであった。NPPV導入後は声によるコミュニケーションが可能となった。また痰の貯留がなくなり、吸引の必要がなくなった。日常生活においては、入浴時に気管切開部を気にせずに洗身でき、丸首シャツを着られるなど衣類のタイプにも制限がなくなった。リハビリにおいては、腹臥位姿勢の実施や背もたれ付き洋式トイレでの座位排便練習および移乗動作介助時など、人工呼吸器の蛇管の位置にとらわれずにプログラムの設定が可能となった。【考察】高位頸髄損傷者の人工呼吸器管理の多くは、気管切開カニューレを介しておこなわれている。しかし、この方法は身体への侵襲を伴ううえ、カニューレが気管内の異物となり、痰の貯留が問題となることが少なくない。本研究で報告した症例はNPPVを導入により気管切開を閉鎖することができ、様々なメリットが得られた。特に人工呼吸器からの送気を息溜めすることが可能となり、最大強制吸気量が大幅に増やせるため、高いPCF値が得られていた。粘調な痰を喀出するためにはPCF>270L/minが有効とされており、NPPVの導入により有効な痰の喀出がおこなえることが明らかとなった。またリハビリあるいは日常生活における制限がなくなることも患者の身体機能やQOLを高めることに繋がると考えられる。しかし、メリットばかりではなく、人工呼吸器外れのリスク上昇などのデメリットも医療者・患者ともに十分理解しておかなくてはならない。そのようなリスクに対応できるよう、呼吸機能の向上を目指し、マウスピース固定方法など、患者の身体機能に適した環境設定にも、我々が関わるべきである。NPPV導入に際しては、当院において前例がないために、病棟での看護体制の確立や設備・備品の準備にかなりの時間を要した。今回の経験を基に、今後の症例に対してはスムーズなNPPV導入が可能となり、NPPVを導入する高位頸髄損傷者が増えていくことが予測される。【理学療法学研究としての意義】本邦においてNPPVを高位頸髄損傷者に実施した報告は非常に少ないうえに、理学療法士によるリハビリ的見地から、その有効性を報告されたことはない。よって本研究は今後NPPV導入に関わる理学療法士の一助になりうると考えられる。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), B2Se2005-B2Se2005, 2010

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680549861120
  • NII論文ID
    130004581972
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.b2se2005.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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