人工膝関節全置換術後に踵骨insufficiency fractureを来した症例について

Description

【目的】 人工膝関節全置換術(TKA)は、末期の変形性膝関節症(膝OA)に対して施行され、疼痛除去と関節機能再建を目的とする。TKA施行後は内反変形や屈曲拘縮が矯正され、歩行能力が向上し日常生活動作能力が改善される。しかし、TKAの術後には様々な合併症があり、注意が必要である。今回、TKA施行後に踵骨にinsufficiency fractureが発生した稀な症例を経験したので報告する。【症例紹介】 当症例は年齢81歳の女性、身長153cm、体重51kg、BMI21.7、骨密度(YAM値)72%である。現病歴は約20年前より両膝関節痛が出現し、膝OAの診断を受けた。平成21年7月頃から疼痛が増強し歩行困難となり、同年10月に左TKAが施行された。既往歴として40歳で卵巣嚢腫により両側卵巣が摘出され、骨粗鬆症に対しては未治療であった。術前評価では左膝関節可動域:-20°~100°、FTA:185°、JOAscore60点であった。術後は-5°~120°、FTA:170°に改善された。【説明と同意】 発表にあたり当症例に十分に説明し同意を得た。さらに当院倫理委員会に倫理審査申請を行い、適合性を得た。【経過】 理学療法は術後2日目に車椅子移乗、3日目よりリハビリ室にて平行棒内歩行訓練を開始、10日目に歩行器歩行、3週目よりT字杖歩行を開始、4週目には歩行器にて院内の移動を許可した。しかし術後5週目で左外果部に疼痛、足部に腫脹、発赤があり、6週目にMRIにてアキレス腱付着部の踵骨隆起から足底腱膜の付着部の前方に至る骨梁と直交する骨折線が確認され、装具を作製した。装具の完成までは完全免荷とした。 装具は、踵骨にかかる荷重量の軽減と下腿三頭筋の収縮から生じる踵骨への牽引力を抑えるため、足関節を底屈位に保持しアーチサポートを加えた。術後13週目に装具が完成し、疼痛自制内での平行棒内歩行訓練を再開した。術後14週目に歩行器歩行訓練、15週目にT字杖歩行訓練を実施した。歩行訓練開始後、疼痛は認められず、術後17週目に階段昇降が可能となり、18週目に自宅退院となった。術後30週目のMRIにて骨癒合が確認された。【考察】 当症例はTKA施行後初期では疼痛がなく歩行可能であった。しかし、術後5週目に入り踵部に疼痛が出現、MRIにて踵骨骨折が認められた。この原因は、TKA施行後の踵骨への負荷量増加、骨の脆弱性などが考えられた。 下腿三頭筋による踵骨への牽引力は膝関節伸展位で最大となることが報告されている。また、下腿三頭筋は主要姿勢筋群の1つであり、歩行では立脚相から遊脚相への移行時には動筋として作用する。健常人の場合、立位時では370N、歩行時には1500Nの力がアキレス腱に加わると言われており、当症例においてはTKA施行により膝関節伸展制限が-20°から-5°に矯正され、下腿三頭筋による踵骨への牽引力がさらに増強されたと考えた。 足圧分布では、屈曲拘縮を来した人の重心は足底の前方にあるが、TKA後膝関節が伸展位になることで踵骨部に移ることが報告されている。当症例においても左下肢が支持脚となり、フットプリントを実施した結果、踵骨部分に荷重が集中していることが確認された。 さらに、当症例は卵巣嚢腫により両側卵巣が摘出され、エストロゲンの低下が示唆される。エストロゲンは卵巣から分泌され、破骨細胞の増殖・機能抑制、骨芽細胞の機能維持に関与するホルモンで、過剰な骨吸収を抑制する作用がある。卵巣が摘出されエストロゲンの分泌が低下し、骨吸収が著しく亢進するため骨粗鬆症となる。当症例はYAM値が72%と骨粗鬆症ではないが、骨量減少が窺われた。 これらより、術後日数が経過するに従い歩行能力の改善、歩行距離・時間が延長され、海綿骨が豊富な踵骨にinsufficiency fractureを来したと考えた。 強度屈曲拘縮に対するTKAでは下腿三頭筋による踵骨への牽引力、活動性、荷重量の増加から骨折をきたす可能性があり、既往歴によっては十分な配慮が必要である。また、踵骨骨折を発生した場合でも、後方への数mmの転位、開放骨折、Bohler角が15度以下など手術適応でなければ歩行制限を加えず装具療法で対応できると考える。【理学療法研究としての意義】 TKA術後の踵骨insufficiency fractureは過去の症例報告も少なく、稀な合併症である。この報告を通じて、このようなTKA術後理学療法中の合併症予防に貢献すると考える。

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Details 詳細情報について

  • CRID
    1390282680549871616
  • NII Article ID
    130004693208
  • DOI
    10.14900/cjpt.2011.0.cf1500.0
  • Text Lang
    ja
  • Data Source
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • Abstract License Flag
    Disallowed

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