膝前十字靱帯再建術後の競技復帰時期におけるアジリティー能力
説明
【はじめに、目的】 近年、膝前十字靱帯(ACL)損傷予防プログラムの導入による効果が報告されている。そのプログラム内容の多くは、下肢体幹の筋力トレーニングや、ストレッチング、バランス訓練、ジャンプの着地やストップ動作といった動作訓練の指導とアジリティートレーニングである。しかしながら、ACL再建術後の競技復帰を目的としたアスレティックリハビリテーションでは、術後早期より実際の動作でのACL再発予防プログラムを行うことは不可能である。そのため我々は、PIA pedaling test(Prediction of Instantaneous power and Agility performances used by pedaling test)を考案し、自転車エルゴメーターを用いた評価とトレーニングにより、動作の特異性を考慮した個別のプログラムの立案を試みている。PIA pedaling testにより自転車エルゴメーターにおける負荷別のパワー発揮特性を詳細に評価することで、高負荷でのペダリングは大殿筋を主動作筋とした脚伸展筋力から得られ、実際の能力としては支持力を評価し、低負荷でのペダリングは腸腰筋を主動作筋とした股関節屈曲筋力から得られ、ペダルの回転数から実際のアジリティー能力を評価することが可能となる。今回、ACL再建術後の競技選手にアジリティー向上のトレーニングを行ったので報告する。【対象】 対象は、ターンやステップ動作により受傷したACL再建術後女子バスケットボール選手15名(年齢:18.5±3.2歳、身長:164.5±6.2cm、体重56.2±4.4kg)をACL群とし、高校女子バスケットボール選手18名(年齢:16.0±0.9歳、身長:162.2±5.6cm、体重55.0±8.3kg)を競技群とした。【方法】 ACL再建術後早期から股関節の屈曲筋力に対するトレーニングを積極的に導入した。術後4ヵ月からはPOWER MAX VIIを使用し、体重の2.5%負荷(以下 2.5%BW)での10秒間の全力ペダリングを8本1セット、週に2回行わせた。術後4ヵ月および6ヵ月に、2.5%BWにおけるピーク回転数の評価を行った。アジリティー能力の評価は、ACL群では競技復帰直前の術後6ヵ月のみ行わせ、前後走やシャトルラン、クロスオーバーステップを組み合わせ、25秒程度で終了するアジリティードリルを3本行わせた。手動で時間を計測し平均値をアジリティー能力として評価した。ACL群の比較には対応のあるt検定を、競技群との比較では対応のないt検定を行い比較検討した。【説明と同意】 対象には、研究の趣旨を説明し同意を得た。【結果】 ACL群の術後4ヵ月のピーク回転数は172.9±5.7rpm、6ヵ月では184.3±6.5rpmと有意な増加を認めた(p<0.01)。アジリティーのタイムは23.3±1.3秒であった。競技群のピーク回転数は174.5±9.7rpm、アジリティーのタイムは25.5±1.2秒であった。ピーク回転数では、ACL群の術後4ヵ月と比較して6ヵ月で有意な増加を認め(p<0.01)、競技群との比較においても有意な増加を認めた(p<0.05)。アジリティーのタイムは競技群と比較してACL群において有意な低下を認めた(p<0.01)。【考察】 ACL再建術後のトレーニングにおいてアジリティーの向上を目的とした個別のプログラムの導入や、その効果を示した報告はない。我々は、過去にアジリティーの主動作筋が股関節屈曲筋力を中心とした脚屈曲筋力であり、その動作の特異性を自転車エルゴメーターにおける低負荷の回転数により評価することが可能であると報告した。今回対象としたACL群はいずれも、ターンやステップ動作などアジリティー能力の低下による受傷であることから、ACL再建術後のトレーニングに股関節屈曲筋力の積極的な筋力増強訓練と自転車エルゴメーターにおける低負荷でのペダリングを十分に行わせた。その結果、ACL群のアジリティーのタイムは競技群と比較して有意な向上を認めた。また、我々のプログラムでは改善させる動作(受傷動作)に対してトレーニングの対象となる筋肉を明確にし、さらに自転車エルゴメーターを使用することでアスレティックリハビリテーションの比較的早期から再受傷予防を考慮したトレーニングの立案と実践が可能となると考えた。今回の対象の術後観察期間が平均2年8ヵ月と短期成績ながら、再受傷した症例は現在のところない。【理学療法学研究としての意義】 アジリティー能力の改善という目的で、単関節運動から複合関節運動へと段階的にトレーニング行わせることで、目的とした動作において健常な現役競技選手と比較しても良好な結果が得られた。このことから、ACL再建術後の再受傷予防を目的としたアスレティックリハビリテーションにおいて、PIA pedaling testによる評価とトレーニング処方が有用であると考えた。
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2011 (0), Ce0118-Ce0118, 2012
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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キーワード
詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680549875840
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- NII論文ID
- 130004693203
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可