有機リン中毒により救急入院し人工呼吸器離脱・歩行に至った一症例
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【目的】有機リン中毒患者では,神経シナプスでアセチルコリンエステラーゼ活性が阻害されアセチルコリンレセプターの過剰刺激により様々な症状が出現する.急性症状としてはムスカリン様作用(副交換神経刺激症状),ニコチン様作用(交感神経節刺激症状・神経筋接合部障害),中枢神経作用がある.急性期以降については急性症状が数日後に再発する中間期症候群,数週後に四肢多発性知覚・運動障害を呈する遅発性末梢神経障害がある.しかし有機リン中毒患者に対する理学療法施行の報告はほとんどない.今回上記症状に注意して理学療法を施行し、若干の知見をえたので文献的考察を交えて報告する.<BR><BR>【方法】症例:53歳.女性.身長151cm.体重75kg.BMI25.7.既往歴:慢性腎障害あるも透析は未実施.うつ病.現病歴:自殺企図にて農薬(マラチオン)約150mlを服用,当院へ救急搬送された.第10病日より理学療法介入.有機リン中毒症状の指標として用いられる血清コリンエステラーゼ値(ChE,正常値168~470 U/lで低値ほど重症)を経時的に追った.人工呼吸器離脱後は遅発性末梢神経障害に留意して上肢筋力として握力,下肢筋力として膝伸展筋力を徒手筋力測定装置を用いて経時的に測定した.また呼吸機能の改善指標として肺活量(VC)を測定した.<BR><BR>【説明と同意】理学療法施行ならびに検査・測定について患者本人・家族に説明し同意をえた.<BR><BR>【結果】経過:急性期は中毒治療として胃腸洗浄・PAM(プラリドキシムヨウ化メチル)・硝酸アトロピン投与が行われ,併せて人工呼吸器管理・持続的血液濾過透析(CHDF)・体外式膜型人工肺(ECMO)などが施行された.循環動態不安定のため,ベッド上でROM運動・完全~前傾側臥位への体位変換を行った.意識レベルの改善・循環動態の安定に伴い,第26病日より座位練習を開始した.第31病日に人工呼吸器完全離脱.第35病日より握力・膝伸展筋力・VC測定開始.以後車椅子乗車・立位・歩行練習など動作の拡大に伴いそれぞれ改善傾向を示したが,握力の左右差がみられることをリハ医に報告し,作業療法の追加,神経伝導速度検査の施行となった.結果左尺骨神経に軽度の障害がみられた.第56病日に転院となった.運動負荷については,ニコチン様作用による頻脈(安静時120前後)やうつ傾向のためHR・自覚的疲労を指標とできなかったため,握力と膝伸展筋力測定により過度の筋疲労蓄積に注意して加えた.こうした経過の中でChE値は8U/lから急性期治療に伴い上昇,基準値に達した.第22病日以降一時的に低下したが,111U/lを下限に再び上昇,その後低下はみられなかった.転院時評価:左手部・手指にしびれ.筋力は上肢は手指以外右4,左3+レベル,握力右18kg,左12kgと左右差あり.体幹4レベル.下肢は股関節3-4,膝関節4,足関節4レベルと左右差なく近位優位に筋力低下.膝伸展筋力は左右とも9.2N・m.VCは1600ml.動作はベッド上動作自立,立ち上がり・歩行は監視下で可能.6MD260m.FIM108点だった.<BR><BR>【考察】人工呼吸器管理時は全身状態の改善を目的とした治療が主体であり理学療法介入目的は呼吸器合併症や関節拘縮予防だったが,全身状態の改善に従い離床を含めた運動負荷を行う必要があった.上村らはChE値が基準下限値の70%となった時期から立位などの積極的な運動負荷が可能だったと報告している.また高須らは人工呼吸器管理長期例ではChE値が2桁で持続していたと報告している.本症例が離床開始し人工呼吸器離脱となった時期はChE値が基準値下限の66%以上であり,報告と同様だった.これらよりChE値の推移を観察し,意識・循環動態などの全身状態に注意して離床時期を見極めていく必要性が示唆された.人工呼吸器離脱以降は,長期臥床による廃用に対する運動療法が目的となった.その際に遅発性末梢神経障害の出現に留意する必要があったが,握力・膝伸展筋力測定など四肢機能を定期的に評価することで左上肢遠位筋筋力低下に気づき,結果的に作業療法追加など上肢に対して配慮できた.またHRや自覚的疲労を運動指標とすることが困難だったため,四肢筋疲労を指標として安全に離床・運動を行うことができたと考える.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】有機リン中毒患者に対する理学療法施行に際して,人工呼吸器管理下の急性期ではChE値の推移を観察し全身状態に注意しながら合併症の予防に努めるとともに離床時期を見極めていく必要があり,急性期以降では定期的な四肢筋力などの測定を行い遅発性末梢神経障害への注意・四肢筋疲労を運動負荷の指標として運動・離床を進める必要性が示唆された.
Journal
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- Congress of the Japanese Physical Therapy Association
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Congress of the Japanese Physical Therapy Association 2010 (0), DcOF2081-DcOF2081, 2011
Japanese Physical Therapy Association(Renamed Japanese Society of Physical Therapy)
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Details 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680550118016
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- NII Article ID
- 130005017546
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- Text Lang
- ja
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- Data Source
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- JaLC
- CiNii Articles
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- Abstract License Flag
- Disallowed