脳卒中片麻痺患者の深部感覚障害が動作時筋緊張に及ぼす影響
説明
【目的】脳卒中片麻痺患者における筋緊張異常は一般的に運動麻痺の回復段階に影響を受け,麻痺が中等度の時に最も筋緊張が高く,回復に伴って改善すると言われている.しかしながら運動麻痺が軽度な症例においても深部感覚障害の重度な場合では,動作時に筋緊張が亢進することがあり,これにより日常動作の制限されることをしばしば経験する.<BR> 今回の研究の目的は運動麻痺が比較的軽度な脳卒中片麻痺患者において,下肢の深部感覚障害の程度が麻痺側足関節に生じる動作時筋緊張に及ぼす影響を検討することである.<BR>【方法】下肢Brunnstrom Stage(以下,BS)が4以上の初発脳卒中患者15名を対象とした.対象者の平均年齢は70±12歳,発症からの平均経過期間は179±196日,病型は脳出血7名,脳梗塞8名で,麻痺側は右11名,左4名,麻痺の重症度は下肢BS 4:4名,5:5名,6:6名であった.検査の手順が理解できない者や筋力発揮の際に腰痛の訴えがある者は除外した.<BR> 麻痺側母趾の深部感覚障害の程度をStroke Impairment Assessment Setの判定基準を用い正常,軽度鈍麻,重度鈍麻,消失の4段階で判定し,この結果をもとに対象者を「正常・軽度群」(正常と軽度鈍麻)と「重度群」(重度鈍麻と消失)の2群に分類した.<BR>痙縮の程度を麻痺側のアキレス腱反射と足クローヌスの程度から低下(腱反射消失,クローヌスなし),正常(腱反射出現,クローヌスなし),亢進(腱反射亢進,クローヌス10回以下),著明な亢進(腱反射亢進,クローヌス10回以上)の4段階で判定した.また,麻痺側足関節の他動背屈時の抵抗感をmodified Ashworth scale(以下,MAS)にて検査した.<BR> 動作時筋緊張の測定は,まず対象者を背臥位にして最大努力で非麻痺側を下肢伸展挙上(以下,SLR)させ,股関節30度屈曲位での等尺性筋力をJtech社製Power Track 2筋力計(以下,HHD)を用い測定した.3回測定して最大値の50%の重錘を非麻痺側下腿遠位部に負荷した.対象者を安静にさせた状態で,検者が一方の手で麻痺側下腿遠位部を固定し,もう一方の手でHHDの受圧部を麻痺側第二中足骨頭部にあて,麻痺側足関節0度位での抗力を測定した.次に重錘を負荷した非麻痺側のSLRを3秒間保持させた時の麻痺側足関節0度位での抗力を同様に測定した.安静時とSLR時をそれぞれ3回測定し,その平均値をもとにSLR時の抗力から安静時の抗力を減じた「増加量」を求めて,これを動作時筋緊張の指標とした.<BR>【説明と同意】対象者には研究について説明を行い,口頭にて同意を得た.<BR>【結果】深部感覚障害の「正常・軽度群」は9名,「重度群」は6名で,下肢運動麻痺の程度はそれぞれBS 4:3名と1名,5:1名と4名,6:5名と1名であり,両群間に有意な差を認めなかった.痙縮の程度は「正常・軽度群」で消失:1名,正常:2名,亢進:4名,著明な亢進:2名,「重度群」では正常:2名,亢進:4名,MASは「正常・軽度群」で0:1名,1:3名,1+:2名,2:3名,「重度群」では0:2名,1:2名,2:1名,3:1名であり,いずれも両群間に有意な差を認めなかった.「増加量」の中央値は「正常・軽度群」で18 N(1~49 N),「重度群」では101 N(31~134 N)であり,「重度群」は「正常・軽度群」に比べ有意に動作時筋緊張が高かった.<BR>【考察】平山(1971)は重度の深部感覚障害を呈する視床病変の特徴の一つとして筋緊張の異常を挙げており,今回の研究の「重度群」でも6名中4名が視床出血であった.こうした視床病変に伴う筋緊張亢進の病理的なメカニズムは明確になってはいないが,筋緊張を制御するために深部感覚の情報が重要な役割を果たしているのではないかと考える.<BR> また,感覚障害の「重度群」では動作時筋緊張が著しく高かったが,痙縮の程度は正常または亢進にとどまり,動作時筋緊張と痙縮の程度に乖離を認めた.われわれの結果と同様にBhaktaら(2001)は片麻痺患者で動作時筋緊張と痙縮の重症度は一致しないと報告しており,この二つを独立した症状と考えると,筋緊張評価の際,それらを個別に評価を行う必要性があると考える.<BR>【理学療法学研究としての意義】一般的に片麻痺患者の筋緊張異常は麻痺の程度に影響を受けると言われているが,今回の研究結果により,麻痺の軽度な場合では動作時筋緊張は感覚障害の重症度に影響を受けることが明らかになったことは,本研究の独創性のある点と考える.また,動作時筋緊張には両群間で差を認めたが,痙縮の程度やMASには差を認めなかった点も興味深く,筋緊張の評価を痙縮の程度で代表とすることは不十分である点が明確となった.
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2010 (0), BbPI1146-BbPI1146, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680550181888
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- NII論文ID
- 130005016812
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可