運動演示時の対象者の姿勢がその後の運動能力に与える影響

DOI
  • 森下 元賀
    専門学校社会医学技術学院 理学療法学科
  • 網本 和
    首都大学東京 健康福祉学部理学療法学科

抄録

【目的】運動スキルの学習には、行うべき課題を提示されると同時に運動をイメージする過程が必要である。自己の身体を正しく認知し、運動を内的にリハーサルすることで実際の運動が行いやすくなるといわれている。運動を提示し、動作の促通を行う方法としてセラピストによる模倣(演示)や口頭指示、対象者に対するメンタルプラクティスなどの方法があるが、対象者が運動課題を提示される際の姿勢についての報告はない。そこで、運動イメージの行いやすさに着目し、運動を演示される際の対象者の姿勢がその後の運動パフォーマンスに与える影響を評価することを目的に研究を行った。<BR>【方法】健常成人30名(男性17名、女性13名、平均年齢23.6±4.1歳)を対象とした。対象者を無作為に立位群、座位群、対象群に分類した。実験は蹴り足と対側の片脚立位時の30秒間の足圧中心動揺を開眼にて測定した。測定時の非接地側の下肢は股関節中間位、膝関節90°屈曲位にさせ、反対側に1kgの重錘を乗せた不安定板上に爪先のみを触れさせた。被験者には不安定板を水平に保つように指示を与え、測定前に十分な練習を行わせた。足圧中心動揺は重心動揺計(アニマ社製Gravicorder GS-7)を使用し、総軌跡長、実効値面積を介入の前後で算出した。介入は立位群では立位で説明者の片脚立位を観察するとともに、重心動揺を少なくするための口頭指示を聞いた。座位群は同様の介入を背もたれつきの安静座位で受けた。対象群では介入は行わず、立位で5分間の休憩を行った。統計処理は各群間および介入の前後でSPSS12.0Jを用いて二元配置分散分析を行い、統計学的有意水準は5%未満とした。<BR>【説明と同意】全ての被験者に実験の趣旨を説明し、書面にて同意を得た。<BR>【結果】全ての被験者は30秒間の片脚立位の遂行は可能であった。二元配置分散分析の結果として、総軌跡長、実効値面積ともに交互作用を認めた。立位群では総軌跡長が介入前124.74±20.62cmから介入後115.37±18.58cmとなり、実効値面積が介入前2.86±1.84cm2から介入後2.25±1.64cm2となりどちらの項目も介入後に有意に減少した。その他の群では総軌跡長、実効値面積ともに介入の前後で有意な差は認めなかった。<BR>【考察】運動を行う際には、自分の身体をどのように動かせば効率が良いかという運動イメージの明確化が必要である。今回の結果として、立位群のみに有意な変化を認めた。これは、実際に運動を行う姿勢に近い姿勢で動作の演示を受けるほうが運動をイメージしやすいためと考えられる。このことから、起居動作や歩行などにおいても出来る限り開始姿勢に近い姿勢で動作の演示を受けさせることで運動スキルの学習がより行いやすくなるものと考えられた。姿勢によって中枢覚醒レベルが異なるとされており、座位と立位の中枢覚醒レベルの違いが演示の効果にも影響を及ぼしたことも考えられる。一方、脳卒中患者を対象とした研究では姿勢の違いが認知課題に影響を及ぼすということも報告されている。この研究では座位から立位へと支持基底面が狭小化し、姿勢保持の難易度が上昇するに従って姿勢保持に対する分配性注意を必要とするために認知課題の成績が低下するということが示唆されている。分配性注意に関しては二重課題法を用いてこれまでに多く研究されているが、高齢者においては二重課題の遂行が一方の課題に促進性に作用するという報告もある。ある程度の姿勢調節能力を有する対象者にとって、立位姿勢保持や歩行動作は無意識的に遂行できる調節動作であり、注意の分配を減少しても遂行は可能であるといわれている。高齢者や脳卒中患者においては注意機能の低下が顕在化していることが多いが、二重課題の遂行に関しては姿勢調節を無意識化できるだけの機能を有するかということと注意機能に関しての両方を念頭におく必要がある。今回の運動の演示の臨床応用に関しても、どの程度の注意機能や姿勢調節能力を有する対象者において有効であるかということを今後検討していく必要がある。<BR>【理学療法学研究としての意義】理学療法を提供する対象者には、中枢神経障害や加齢の影響によって適切な運動のイメージが行いづらい者も多い。そのような対象者に関しては、健常者以上に運動の提示方法の工夫が必要である。また、対象者に行うべき運動課題の内容を適切に伝え、遂行させるための方法を知ることによって、理学療法での動作獲得過程に大きな影響を与えると考える。今回の結果からはリスク管理を十分に行った上で、運動課題に出来るだけ近い姿勢で運動の演示を受けることが、動作の獲得に寄与するものと考えられた。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A4P3007-A4P3007, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

キーワード

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680550457600
  • NII論文ID
    130004581905
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a4p3007.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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