理学療法介入により,頚部ジストニアの首下がりが改善した1症例
説明
【はじめに】首下がりの原因については,後頚筋の筋力低下や頚部ジストニアによる前頚筋と後頚筋の筋緊張のアンバランスが指摘されている.薬物による治療報告は散見するが,理学療法(PT)介入の報告は皆無である.今回,デパケンR錠,セルシン錠の服薬,ボツリヌス毒素注射,両側淡蒼球の脳深部刺激療法(DBS;deep brain stimulation)施行後にも,頚部ジストニアによる首下がりの改善が得られなかった症例が,PT介入により改善したので報告する.【症例】34歳,男性,会社員[主訴]首下がり,頚部痛,摂食困難,前方注視困難[現病歴]平成18年12月頃より首下がり出現.M市立病院の整形外科受診.「肩こり」と診断.頚椎牽引にて経過観察するも軽快せず.平成19年5月,同病院,心療内科紹介.「心因性」と診断.同年12月I大学病院,心療内科で「頚部ジストニア」と診断.当院,神経内科紹介され,ボツリヌス毒素注射を施行するも軽快せず.平成20年11月21日,T大学病院の脳神経外科に於いて,両側淡蒼球DBS施行.26日より同病院にてROM ex’s,ストレッチのPTを行なうも,頚部の自他動運動の改善は得られず.12月13日,主治医より,「回復に2年必要」と言われ自宅退院.平成21年1月15日,当院,神経内科病棟にPT目的にて入院.[入院時現症]頚部MRI像では,C5/6椎体間で1/3椎体前方辷り(+).そのために,自他動伸展時に非常に強い頚部痛(VAS:94mm)のため,頚部を60°屈曲位での固定肢位を取っていた.自動ROMは伸展-45°.左右回旋・側屈不可.他動ROMは伸展-30°,左右回旋5°,左右側屈5°.食事は立位で摂取.開口できないために刻み食.食事時間に50分から1時間を要する.座位・立位では,前庭動眼反射の影響で,前方注視できず下方注視.胸鎖乳突筋の緊張亢進.胸鎖乳突筋の針筋電図検査では,安静時電気的静止,motor unit potentialの延長と振幅減少,干渉波形.【方法】先ず首下がりの要因は,首さがりによる頭頚部および肩甲帯の皮膚伸張の機械的刺激により,C2/C3レベルの求心性インパルス→後根→介在ニューロン→同レベルの前角細胞→胸鎖乳突筋の緊張亢進が生じていると考えた.その為に緊張したC2/C3レベルの皮神経をモビライゼーションすることで,胸鎖乳突筋の緊張亢進をコントロールした.次に脊柱の不良姿勢により脊髄,硬膜が持続伸張され,脊髄の動力学にも障害が生じ,運動の複雑な統合装置である脊髄の運動制御も機能不全となる.脊柱の不良姿勢の原因となっている筋緊張のアンバランスは,体幹・四肢の神経群をモビライゼーションすることで対処した.また脊髄の動力学の改善は,C6とL4は脊柱を上下から近づけ,TH6は遠ざけるように脊柱を動かした.開口不全には三叉神経をモビライゼーションした.PT施行時間は40分/回,施行回数は計22回であった.【説明と同意】学会投稿の旨は,ご本人にご説明し同意を得た.【結果】頚部痛は寛解(VAS:0mm).自動ROMは伸展-10°.左右回旋45°,側屈35°可.他動ROMは伸展0°,左右回旋55°,左右側屈45°.食事は坐位で普通食.食事時間は10分から15分に短縮.座位・立位での前方注視は可.【考察】今回の結果から,頭頚部の皮神経,体幹及び四肢の神経群の緊張緩和とモビリティ-の改善,頚部痛と不良姿勢の改善により,頚椎自動伸展時の脊髄運動制御であるIa抑制による頚部伸展群の活性化が得られ,首下がりが改善したと言える.また三叉神経のモビライゼーションにより,開口と咀嚼能力が向上し,普通食の摂取可能・摂取時間の短縮が得られた.発症後2年余りでのPT介入,構築的変化があった事を考慮すると,PT介入効果は十分であったと言える.また頚部伸筋の筋力増強練習は行わずとも首下がりが改善したから,その原因が後頚筋の筋力低下ではないことを示唆している.【理学療法学研究としての意義】頚部ジストニアによる首下がりは,極めて稀な症例である.また今回の症例では確定診断の遅延や,服薬・ボツリヌス毒素注射・両側淡蒼球のDBSの手術療法でも首下がりの改善がなく,頚椎の構築的な問題まで生じた事例である.本症例へのPT介入が,首下がりの原因として考えられている後頚筋の筋力低下ではなく,頚部ジストニアによる前頚筋と後頚筋の筋緊張のアンバランスを支持し,首下がりの改善の一助となり,報告に値するものと考える.
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2009 (0), B4P3097-B4P3097, 2010
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680550470272
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- NII論文ID
- 130004582176
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可