リュックサック使用が歩行動作の運動学・運動力学的変化に及ぼす影響—若年者と高齢者を対象として—

  • 直井 俊祐
    竹川病院リハビリテーション部理学療法科 国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻理学療法分野
  • 勝平 純司
    国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻理学療法分野
  • 丸山 仁司
    国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻理学療法分野

Description

【はじめに,目的】荷物運搬方法の中でリュックサック(以下リュック)は最も運動強度が低いと報告されているが,関節保護を考えた場合,重量の違いによる脊柱や下肢関節への影響を考慮することは非常に重要である.また,加齢により負荷を補う関節の役割が変化することが考えられる.バイオメカニクスの領域では,健常若年者を対象に脊柱角度を指標としリュック重量の違いによる姿勢の分析や下肢関節モーメントに着目した研究が多くなされているが,実質的な腰部負担を示すことができる腰部モーメントを用いた研究はない.そこで本研究では健常若年者と高齢者それぞれを対象とし,歩行動作におけるリュックの有無および重量の違いが体幹と骨盤の角度,腰部モーメントに与える影響を関節角度・関節モーメントを指標として検討することを目的とした.【方法】対象は腰部・下肢に既往のない健常若年群16名(男女各8名,年齢26.0±3.1歳,身長167.4±8.1cm,体重61.3±11.4kg)と,健常高齢群8 名(年齢67.3 ± 6.6 歳,身長162.9 ± 8.3cm,体重63.5 ± 8.0kg)とした.リュックはACE GENE社製ビジネスリュック(40cm× 33cm)を使用し,重量の調整には重錘を使用した.身体動作計測には,三次元動作解析装置VICON MX(VICON社製),床反力計(AMTI社製)6 枚,赤外線カメラ(周波数100Hz)10 台を用いて解析した.直径14mmの赤外線反射マーカーは,臨床歩行分析研究会が推奨する方法と勝平らの先行研究を参考に,被験者の身体各部39 箇所に貼付した.但し,リュックを背負う際に妨げとなる第5 腰椎棘突起のマーカーは,静止立位時のデータを基に仮想マーカーとして再計算した.計測課題は10mの直線路を至適速度での歩行とした.計測条件はリュックなし(以下0%),リュックを使用し被験者体重の5%負荷(以下5%),15%負荷(以下15%)の3 条件とし,それぞれ無作為に3 回ずつ測定した.解析指標は,立脚期の体幹・骨盤角度,腰部屈伸モーメントの最大値を計測項目とし,3 回の平均値を求めた.関節角度および関節モーメントの算出にはVisual3D ver.4 を用いた.統計学的処理は0%,5%,15%の条件の上記計測項目において,若年群に対して一元配置分散分析反復測定後,多重比較検定(Bonferroni法)により群間比較を実施し,高齢群に対してFriedman検定後,多重比較検定(Tukey法)によって群間比較を実施した.なお危険率は5%未満をもって有意とした.【倫理的配慮,説明と同意】研究の実施に先立ち,国際医療福祉大学の倫理委員会にて承認を得た.なお,全ての被験者には予め本研究の目的・内容・リスクを十分に説明し,書面による同意を得た後に計測を行った.【結果】若年群ではリュックの重量が0%,5%,15%と増加したのに伴い,骨盤前傾角度が有意に増加した.0%と15%間では,有意な腰部屈曲モーメントの増加,腰部伸展モーメントの減少,体幹伸展角度の減少,体幹屈曲角度の増加がみられた.高齢群では重量増加に伴い,0%と15%間で有意な骨盤前傾角度の増加がみられた.また,腰部屈曲モーメントの増加,腰部伸展モーメントの減少傾向がみられたが,有意ではなかった.【考察】両群ともにリュック重量増加により有意な骨盤前傾角度増加と,若年者では有意な腰部屈曲モーメント増加・伸展モーメント低下,高齢者では同様の傾向が認められた.これらは,HAT(頭部,両上肢,骨盤を含まない体幹)とリュックの合成重心にかかる重力が後方へ移動することで腰部関節の後方を通過しやすくなり,腰部伸展モーメントよりも屈曲モーメントが働きやすくなったことが考えられる.このため,通常両脚支持期前半でピークとなる腰部屈曲モーメントはより大きく発揮され,両脚支持期後半でピークとなる腰部伸展モーメントは減少したと考えられる.腰部屈曲モーメント増加には姿勢の調節で重要な役割を果たす腹筋群の関与が考えられ,特に腸腰筋などによる促通により骨盤角度が前傾したと考えられる.加齢に伴い骨盤後傾姿勢を呈しやすいといわれており,バランス能力や歩行能力の低下に関与し転倒リスクが増大すると報告されている.日常生活で得られにくい体幹前面筋の使用,骨盤前傾角度増加はリュック使用のポジティブな効果として示唆された.【理学療法学研究としての意義】リュック重量が増加することで身体負荷が加わり,若年者と高齢者で腰部にかかる負担と姿勢が同様に変化することが示唆された.今回得られた知見は,高齢者や腰部に障害がある患者にADL指導を行う際に役立つ有用な情報であると考えられる.

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Details 詳細情報について

  • CRID
    1390282680550517504
  • NII Article ID
    130004584822
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48100277.0
  • Text Lang
    ja
  • Data Source
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • Abstract License Flag
    Disallowed

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