手指の個別運動が正中神経の横断的滑走に与える影響について

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抄録

【はじめに、目的】神経組織は身体運動時に伸張したり、周囲の組織に対して滑走したりといった機械的機能を有している。運動器の理学療法において、疾病や外傷に伴い神経組織の機械的機能が障害され、疼痛やしびれなどの症状の原因となることがある。このような問題に対して神経モビライゼーションが用いられる。 神経の機械的機能は緊張、長軸方向の滑走、横断方向の滑走、圧迫による変形などに区別される。しかしこれらに関する基礎的な研究は屍体での実験が多く、生体が必ずしもこれらの実験と同様であるとは限らない。近年超音波画像診断装置は画像精度の向上や動画の取り扱いが可能となるなど機能が向上しており、これを用いた生体における神経組織の機械的機能の根拠となるような基礎研究が見直されている。すでに手根管部の正中神経の横断的滑走や、スランプテストにおける坐骨神経の横断的滑走の研究が報告されている。本研究では、自動運動を行った時の筋の膨隆に対して何らかの神経系の機械的適応が為されていると考えられるが、そのような研究はまだ行われていない点に着目した。そこで本研究は手指の自動運動時に、手根管部の正中神経がどのように影響を受けるかを明らかにすることを目的とした。【方法】上肢に既往の無い健常成人7名14肢(平均年齢28.42±8.75歳、男性1名、女性6名)を対象とした。背臥位にて手関節手根管部を超音波画像診断装置HI VISION Preirus(日立メディコ社製)で撮影した。撮影時には一指ずつ個別に自動屈曲運動および他動屈曲運動を行い、手根管内の正中神経滑走を観察し、動画にて記録した。記録した動画から安静時、自動屈曲運動時、他動屈曲運動時の静止画を抽出し、画像解析ソフトImageJを用いて分析した。安静時の正中神経の位置を基準とし、手指を屈曲運動した際の、正中神経の滑走距離を計測した。手指の屈曲運動は各3回行い平均値を採用した。比較は母指から小指の5群間で比較した。統計はSPSSを用いて一元配置分散分析で有意差を確認したのち、Tukyの多重比較を行った。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は杏林大学倫理審査委員会にて認証を受け、被験者には目的や方法、危険性、個人情報の保護などについて十分な説明のあと同意を得て計測を行った。【結果】手指自動屈曲運動時の正中神経の横断的滑走距離は母指0.63±0.18mm、示指0.62±0.29mm、中指1.35±0.66mm、薬指0.55±0.25mm、小指0.43±0.19mmであった。運動時はⅢ指が他の指に比較して有意に滑走距離が大きいことが分かった。他動運動時は母指0.39±0.11mm、示Ⅱ指0.42±0.12mm、中指0.62±0.35mm、薬指、0.43±0.10mm、小指0.40±0.17mmであり、5群間で有意な差は見られなかった。同様の比較を左右に分けて行ったところ同様の結果であった。【考察】手根管内の正中神経の横断的滑走は、中指の運動が他の手指よりも大きな機械的影響を与えていた。これは手根管内の浅指屈筋及び深指屈筋の筋収縮に伴う筋の膨隆によって正中神経が押し出されるように滑走しているためである。このとき同時に神経は圧迫を受け形状が歪むことも確認できた。中指に関連する屈筋腱は正中神経に隣接している事によって、より大きな機械的影響を及ぼしていると考えられる。このような神経と隣接する組織をメカニカルインターフェースと呼び、臨床では神経モビライゼーションを行う際の重要な点と考えられている。本研究ではそれを生体で客観的に確認できた。本研究の結果から手根管症候群では安静確保のために手指の固定、特に中指の固定は十分に行う必要があると言える。一方日常生活で必要となる母指、示指は固定を緩める余地があると考えられる。また横断的滑走を改善させる神経モビライゼーション手技を行う際には中指の自動運動が最も効果的と考えられ、逆に易刺激性が高く愛護的な治療が必要であれば中指以外の操作から開始し、徐々に中指へ進めていくと良いであろう。今後は手根管部以外の部位や正中神経以外の神経で分析を行っていきたい。また、今回の結果では他動運動は横断的滑走への影響は少なかった。他動運動は長軸方向への影響が大きいと考えられ、今後は長軸方向への神経の運動をどのように評価するかが検討課題となる。【理学療法学研究としての意義】超音波を用いて生体における神経の運動が観察できた。そこから神経原性疼痛を症状とするケースへのクリニカルリーズニングや治療プログラムの作成にあたって、特に横断的滑走の改善を図る場合の考慮すべき点が明らかになった。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48100992-48100992, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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