関節軟骨基質再生のための至適温度の探究

DOI
  • 伊藤 明良
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座 日本学術振興会特別研究員
  • 青山 朋樹
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能開発学講座
  • 長井 桃子
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座
  • 太治野 純一
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座
  • 山口 将希
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座
  • 飯島 弘貴
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座
  • 張 項凱
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座
  • 秋山 治彦
    岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻病態制御学講座整形外科学分野
  • 黒木 裕士
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学講座

書誌事項

タイトル別名
  • -三次元培養を用いたin vitro研究-

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抄録

【はじめに,目的】外傷などを起因とする関節軟骨欠損は,疼痛や運動機能の低下を引き起こすことで生活の質を下げる要因となるが,現在欠損された関節軟骨を完全に再生することは困難である。これまで関節軟骨の再生を実現するために,再生医療分野において学際的に研究がなされてきた。しかしながら,細胞移植治療術前・後に関わる研究,特にリハビリテーション介入の有効性・安全性に関する研究はほとんどなされていないのが現状である。すでに関節軟骨欠損に対する再生治療は,平成25年4月1日から本邦で初の自家培養軟骨製品が保険適用となり臨床で実践されている。そのため,早急に関節軟骨再生治療におけるリハビリテーションを確立させることが求められ,その基礎となるエビデンスが必要である。そこで本研究では,関節軟骨再生治療における温熱療法の基礎となるエビデンスを得るため,軟骨細胞による関節軟骨基質(extracellular matrix:以下,ECM)生成のための至適な温度環境を明らかにすることを目的として実験を行った。【方法】大腿骨頭置換術時に摘出されたヒト大腿骨頭関節軟骨(62歳,女性)より初代培養軟骨細胞を単離し,ペレット培養法を用いた三次元培養下において軟骨ECMの生成能を評価した。培養温度条件は,通常関節内温度付近の32℃,深部体温付近の37℃,哺乳動物細胞生存の上限付近とされる41℃の3条件とした。軟骨ECM生成能を評価するため,生成されたペレットの湿重量を培養後3,7,14日目に測定し,軟骨基質関連遺伝子(II型コラーゲン,I型コラーゲン,アグリカン,COMP(cartilage oligomeric matrix protein))の発現を培養後3,7日目にリアルタイムPCRを用いて解析した。また,コラーゲンおよび硫酸化グリコサミノグリカン(sulfated glycosaminoglycan:以下,GAG)産生を培養後7,14日目に組織学的に,そして培養後14日目に1, 9-dimethylmethylen blue法にて生化学的に解析した。さらに,走査型電子顕微鏡(以下,SEM)を用いて生成されたECMの超微細構造を培養後14日目に観察した。最後に,生成されたECMの機能特性を評価するため,培養後3,7,14日目に圧縮試験を行い,その最大応力を測定した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,所属施設の倫理委員会の承認を得て実施した。対象者にはヘルシンキ宣言に基づき,本研究の主旨を書面及び口頭で説明し,同意を書面で得た。【結果】生成されたペレットの湿重量は,培養後3・7・14日目のいずれの時点においても,温度が低いほど有意に増加した。軟骨基質関連遺伝子のmRNA発現を解析した結果,41℃では解析した全ての遺伝子発現が有意に抑制された。II型コラーゲンの発現は,32℃と37℃の間に有意な差は認められず,I型コラーゲンの発現は,培養後7日目において32℃が37℃と比較して有意に亢進された。アグリカンの発現は,培養後3日目においては32℃が37℃と比較して有意に亢進されていたが,培養後7日目においてはその有意差は認められなくなった。COMPの発現は,37℃が32℃と比較して発現が有意に亢進された。組織学的評価においても,コラーゲンおよびGAGの産生が41℃では顕著に低下した。32℃と37℃の間に顕著な違いは観察されなかった。生化学的解析においても,GAG産生量は41℃で有意に少なかった。SEM観察により,32℃と37℃では生成されたペレットの周縁部に層状の密なコラーゲン線維の形成が観察されたが,41℃においては観察されなかった。最後に生成されたペレットに対して圧縮試験を行った結果,培養後3日目においては37℃で最も最大応力が高かったが,培養後7・14日目においては32℃が最も高かった。【考察】ヒト軟骨細胞において,ペレット培養時のECM生成能は41℃において著しく低下した。これは41℃ではコラーゲンの高次構造の形成が阻害されるという報告(Peltonen et al. 1980)を支持している。間欠的な40℃程度の温熱刺激はコラーゲン産生を促進する可能性があるが(Tonomura et al. 2008),本研究のような長時間の曝露においては逆に抑制される危険性が示唆された。これは,炎症などによる関節内温度上昇の長期化が関節軟骨再生を阻害することを意味している。興味深いことに,本研究は32℃という比較的低温環境においても,37℃と同等のECM生成能を有することを示唆した。以上のことから,関節軟骨基質再生のための至適温度は通常関節内温度である32℃から深部体温である37℃付近ににあることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究は,関節軟骨再生治療における温熱療法の基礎となるエビデンスを示した。さらに,再生治療における術後リハビリテーション(再生リハビリテーション)の重要性を喚起する研究としても大変意義があり,さらなる研究を求めるものである。

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