健常若年者と高齢者における運動時呼吸負荷トレーニング中の身体応答の評価

DOI
  • 木戸 聡史
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
  • 兪 文偉
    千葉大学大学院工学研究科人工システム科学専攻
  • 田中 敏明
    東京大学先端科学技術研究センター人間情報工学分野
  • 中島 康博
    北海道立総合研究機構産業技術研究本部工業試験場
  • 宮坂 智哉
    北海道工業大学医療工学部義肢装具学科
  • 須永 康代
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
  • 丸岡 弘
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科
  • 髙柳 清美
    埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科

この論文をさがす

抄録

【はじめに,目的】呼吸理学療法において呼吸筋トレーニングが選択されることはあるが,身体運動時に呼吸負荷を行うトレーニングはほとんど選択されてきていなかった。我々はこれまで健常若年者において,運動時呼吸負荷トレーニング(CBST)を6週間行い,従来のトレーニングと比較してトレーニング後に換気性作業閾値と最大換気量が大きく改善する事を報告した。上記の結果が,心肺持久力や呼吸機能が低下する高齢者や呼吸器疾患患者においても得られれば有用と考えられるが,これらの対象者に応用するためには安全面を検証し適切な負荷量を見出す必要がある。しかしながら,CBST中の身体応答は明らかになっていない。本研究目的はCBSTの安全性の確認と適切な負荷量探索のために必要な基礎情報として,CBST中の呼吸循環応答,筋活動応答を健常若年者と高齢者において明らかにすることだった。【方法】対象は健常若年男性8名(年齢:25.4±5.3歳(平均値±標準偏差))と高齢者5名(男性4名,女性1名)(年齢:68.4±3.0歳)だった。対象者は自転車エルゴメータを使用した標準的なトレーニング(NT)と呼吸負荷マスクと自転車エルゴメータを組み合わせたCBSTを無作為の順で実施した。若年者は運動開始から75%心拍予備に到達後心拍数を維持するように負荷量を調節した。高齢者の目標心拍数は30%心拍予備とした。運動時にはOMRON社製フローセンサ(測定確度±a=1.75%)を用いて換気を,メディエリアサポート企業組合製表面筋電計により胸鎖乳突筋・僧帽筋・内側広筋・腹直筋を測定し,目標心拍数到達5分後から若年者では1分間,高齢者では5分間を通しA/Dコンバータを通してコンピュータにデータを取得した。また,運動中を通して動脈血酸素飽和度(SpO2),血圧(BP),主観的運動強度を取得した。高齢者用マスクは小型圧センサを使用しマスク内圧を若年者用の50-60%に調整して使用した。取得データは解析プログラム(DASYLab-V9.00.02)を用いて換気およびEMGパラメータを算出した。NTとCBSTの各パラメータはShapiro-Wilk testにより,変数が正規分布に従う場合はstudent t test,正規分布に従わない場合はWilcoxonの符号付順位和検定を用いて比較された(SPSS Ver. 19)。有意水準は0.05だった。【倫理的配慮,説明と同意】対象者に対して,ヘルシンキ宣言に基づき研究の趣旨と内容について口頭および書面で説明し同意を得た後に研究を開始した。なお本実験は,所属施設の倫理委員会の承認を受けて行った。【結果】全ての対象者が,トラブル無く実験を完了した。以下若年者の結果を先述する。一回換気量(VT)はNTと比較してCBSTで0.51L多かった(p=0.001)。呼吸数(RR)はNTと比較してCBSTで4.6回/min少なかった(p=0.081)。分時換気量(VE)はNTと比較してCBSTで3.2L少なかった(p=0.001)。内側広筋表面筋電位積分値(iEMG)はNTと比較してCBSTで19%小さかった(p=0.012)。胸鎖乳突筋iEMGはNTと比較してCBSTで149%大きかった(p=0.014)。SpO2の最小値(SpO2 min)はNT(97%)と比較してCBST(95.6%)で1.4%低かった(p=0.008)。BPは有意に変化しなかった。以下高齢者の結果を述べる。VTはNTと比較してCBSTで0.87L多かった(p=0.080)。RRはNTと比較してCBSTで10.5回/min少なかった(p=0.043)。内側広筋iEMGはNTと比較してCBSTで17%小さかった(p=0.080)。胸鎖乳突筋iEMGはNTと比較してCBSTで51%大きかった(p=0.080)。SpO2minはNTと比較してCBSTで低値を示すことはなかった。収縮期血圧の最大値(SBPmax)はNTよりCBSTで約5%高かった(p=0.043)。【考察】若年者と高齢者でCBST中に一回換気量の増大と呼吸数の低下がみられ,深くゆっくりとした呼吸が促された。また,若年者と高齢者で運動中の筋活動動態がCBST時に異なることが示された。これらの結果からは今後,CBSTの適切な負荷量を探索していくにあたって,呼吸パターンの変化や呼吸筋を含めた筋活動動態の変化の影響を考慮する必要性が示唆される。また,本実験の負荷量の範囲内では,SpO2とSBPのいずれも中止基準を超えなかったが,若年者ではSpO2の低下,高齢者ではSBPの上昇がみられた。この結果からは,今後CBSTの負荷量を高めて実施する場合には運動時の低酸素と血圧上昇リスクを考慮して行う必要があることが示唆される。【理学療法学研究としての意義】今回実施したトレーニング方法は,今後健常者だけでなく高齢者や呼吸器疾患患者の運動療法に応用できる可能性がある。本研究結果は,運動生理学的に新たな知見であることに加えて,運動療法を発展させるための基礎研究としての意義を有する。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ