視覚を用いた運動錯覚が大脳皮質に及ぼす影響

DOI
  • 那須 高志
    信州大学医学部附属病院 リハビリテーション部
  • 畑 幸彦
    信州大学医学部附属病院 リハビリテーション部
  • 黒岩 直美
    信州大学医学部附属病院 先端予防医療センター

書誌事項

タイトル別名
  • –ミラーセラピーとの比較–

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抄録

【はじめに、目的】脳卒中後,上肢の運動麻痺の回復に難渋する.ミラーセラピーは非麻痺上肢の運動を用いて麻痺側上肢に運動錯覚を生じさせる事ができ,Stenens JAらはその有用性を報告している.しかしWard NSらは脳卒中後の大脳半球には抑制の不均衡があるとしており,井上らは非麻痺側の使用が抑制を強めるとしている.金子らは他者の手指運動を視覚提示する事で,運動を用いる事なく運動錯覚を誘起し,皮質脊髄路の興奮性が高まったとしている.しかし視覚刺激を用いた運動錯覚とミラーセラピーにおいて運動錯覚の程度や脳活動を比較したものはない.そこで今回、視覚刺激を用いた運動錯覚とミラーセラピーにおいて運動錯覚の程度と大脳皮質に及ぼす影響を調査する.【方法】対象は全例右利きの健常成人4名(男性: 1名,女性:3名)とし,調査時平均年齢 27.2歳であった. 課題は座位にて母指の内外転運動を条件1:視覚刺激,条件2:ミラーセラピーを用いる方法で行った.条件1は,金子らの方法を参考にし,予め撮影した右上肢運動の動画を反転させ,左上肢に重なるようタブレット端末を設置した.条件2は,被験者の鏡に映る右上肢と左上肢が重なるようにミラーボックスを設置し右上肢の運動を行った.なお課題中の左上肢は安静としタブレット端末と鏡に映る上肢を注視させた.加えて条件1,2の運動錯覚の主観的強度をVisual Analog Scale (以下,VAS)にて評価した. 脳血流酸素動態の測定はfNIRS(FOIRE3000,島津製作所)を用いた.測定部位は前頭から頭頂,前頭から側頭の2箇所とした.プローブは前頭から頭頂は全頭型フォルダを用い,3×3,4×5に配置し全43チャンネル,前頭から側頭は両側型フォルダを用い,3×5に配置し全44チャンネルとした.なお配置時には国際10-20法を参考にCzを基準とし,両側型フォルダにおいてはFp1とT3,Fp2とT4を結んだ線上に設置し,T3に送光プローブ5,T4には送光プローブ13が位置するように配置した.課題はブロックデザインを用い,安静30秒-課題60秒-安静30秒とした. 両条件を2回ずつランダムに実施し,プローブ配置を変更し同課題で2セット実施した.有意差判定は,運動錯覚の主観的強度は対応のあるt検定を用いた.脳賦活領域は酸素化ヘモグロビン(以下,Oxy-Hb)を用いた.安静時と課題時,また条件間での各chにおけるOxy-Hbの加算平均値を,t検定を用い危険率 5%未満を有意差ありとし賦活領域と判定した.【倫理的配慮、説明と同意】被験者は十分に説明を受け承諾した.【結果】運動錯覚の主観的強度として聴取したVASは,条件1は72.2±28.8mm,条件2は68.9±20.5mmであり,有意差を認めなかった.脳賦活領域は,安静時と課題時の比較では,条件1は内側前頭前野,両側体性感覚野,両側上頭頂葉小葉,両側下頭頂葉小葉,両側下前頭回,両側上側頭溝であった.条件2は内側前頭前野,両側運動野,両側体性感覚野,両側下頭頂葉小葉,両側上側頭溝であった.条件間の比較は,条件1の内側前頭前野,両上頭頂葉小葉,両側下前頭回,両側下頭頂葉小葉,両側上側頭溝がより賦活した.【考察】運動錯覚の主観的強度は条件間に有意差がない事から同程度の効果であると考えられた.脳賦活領域は,両条件で内側前頭前野,両側体性感覚野,両側下前頭回,両側下頭頂葉小葉,両側上側頭溝であった.両条件で右側体性感覚野に賦活がみられたのは運動錯覚から運動感覚を誘起したと考えられる.下前頭回,下頭頂葉小葉および上側頭溝はRizzolattiらが報告したミラーニューロンシステム(以下,MNS)が存在している領域である.村田らはMNSが自己運動の視覚フィードバックに関わっているとしている事から,運動錯覚に同システムが関与していると考えられた.また条件間の比較では条件1のみ両側上頭頂葉小葉が賦活し,条件2より内側前頭前野,右上頭頂葉小葉,両側下前頭回,両側上側頭溝が賦活した.Tsakirisらはラバーハンド錯覚において,視覚情報のずれの少なさが錯覚の条件であるとしている.条件1は被験者の上肢の上方にタブレット端末を設置することで視覚的なずれが少ないため,MNSや視覚と体性感覚の統合に関わる頭頂葉がより賦活し錯覚が生じたと考えられた.またLauraらは健常人において半球間抑制が生じるとしており,条件2 では右上肢の運動が右半球を抑制していることも考えられた.以上の事から条件1は条件2と比較し,同程度の運動錯覚を生じさせ,より効率的に大脳皮質を興奮させる可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】脳卒中後,大脳の半球間抑制の不均衡が生じている時期において,効率よく運動錯覚の誘起が可能であるかもしれない.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48101813-48101813, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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