転倒による下肢骨折者における1年半後の歩行能力に影響を及ぼす要因
説明
【はじめに、目的】高齢者における転倒および骨折は、歩行障害、施設入所、死亡と強く関連し、特に虚弱な高齢者が大腿骨頚部骨折を来たした場合、より重篤な後遺障害を残すため、その予防は非常に重要である。ただしその有効な介入方法は明らかではなく、我が国の平成22年の国民生活基礎調査における要介護の原因でも転倒・骨折は10.2%で、過去数年間も上位のまま推移している。このような状況のなか予防だけでなく、転倒による骨折を来たした者に対する対策も検討するべきである。最も頻繁に起こる大腿骨頸部骨折の治療としては積極的に手術療法が選択され、術後早期のリハビリテーションが実施されている。しかしすべての対象者が退院後、受傷前の日常生活活動レベルに復帰できるわけではない。機能予後に影響する主な因子として、年齢、歩行やADL能力、認知機能障害の有無が挙げられているものの、要介護高齢者の場合、併存疾患を持つ者が多いため疾患情報を踏まえた上での検討が必要である。そこで本研究において、下肢の骨折を来たした要介護高齢者の1年半後の移動能力の非自立に影響する要因を、疾患情報も踏まえて明らかにすることを目的とした。【方法】2009年(ベースライン)の転倒調査対象者は通所介護サービスを利用する要介護高齢者14,792名であった。過去1年の転倒率・骨折率はそれぞれ30.8%、12.6%であった。骨折部位の内訳は大腿骨頚部26.6%、大腿骨骨幹部13.6%、橈骨・尺骨12.3%、脊柱11.8%、上腕骨9.7%、肋骨9.7%、腸骨5.6%、膝蓋骨・脛骨・腓骨2.8%、足の骨3.0%、手の骨3.0%、頭蓋骨1.9%であり、そのうち移動能力に影響すると考えられる下肢の骨折者(大腿骨頚部、大腿骨骨幹部、膝蓋骨・脛骨・腓骨、足の骨)264名の1年半以上(2年以内)経過後の歩行能力について追跡調査を行った。分析は、ベースライン時の年齢、性別、介護度、既往歴(脳卒中、パーキンソン病、膝関節疾患の有無)、起居・移動動作能力(歩行自立/歩行介助~移乗自立/移乗介助~起き上がり自立/起き上がり介助~寝たきり)、日常に支障をきたす認知機能障害の有無を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析を行い、1年半後の歩行能力(自立/非自立)に影響を及ぼす要因を検討した。【倫理的配慮、説明と同意】対象者にはヘルシンキ宣言に沿って研究の主旨及び目的の説明を行い、同意を得た。なお本研究は国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。【結果】過去1年以内に転倒によって下肢骨折をした264名のうち追跡調査が可能であったのは116名(平均年齢82.3±7.7歳、男性13名、女性103名)であった。この対象者のベースライン時の介護度の状況は要介護2までの軽度要介護者が50.9%であった。脳卒中の既往のある者は17.2%、パーキンソン病6.0%、膝関節疾患38.8%であり、日常に支障をきたす認知機能障害のある者は31.9%であった。起居・移動動作能力は、歩行自立者50.0%、歩行介助~移乗自立者21.6%、移乗介助~起き上がり自立者19.0%、起き上がり介助~寝たきり9.5%であった。追跡調査時の歩行自立者は38.8%、非自立者は61.2%であった。多重ロジスティック回帰分析の結果、転倒による下肢骨折者の1年半後の歩行能力に有意に影響を及ぼす要因として抽出されたのは、ベースライン時の起居・移動動作能力(p < 0.01、オッズ比: 3.99、95%信頼区間: 1.92-8.30)であった。【考察】本研究において高齢者の転倒による下肢骨折者の1年半以上経過後の歩行能力には、疾患の影響を考慮しても、骨折後の起居・移動動作能力の自立度が唯一関連をする結果となった。受傷前の移動能力が、将来の移動能力にも影響する要因であることは先行研究でも報告されているが、同様に骨折後1年以内の自立した起居・移動動作能力の獲得も重要であることが明らかとなった。骨折治療後、起居・移動能力が自立せずに退院し在宅サービスを利用する高齢者は多くいることが想定されるが、そのような対象者も積極的にトレーニングを行う必要性が示唆された。なお本研究の限界は、下肢骨折者の約半数の追跡が行えなかったことである。死亡もしくは状態悪化による施設入所、状態改善によるデイサービスの利用中止も考えられる。今後はそれらの対象者も含めた解析をすることが課題である。【理学療法学研究としての意義】転倒・骨折は、要介護状態となる主要な原因のひとつであり、積極的な予防策が講じられる必要がある。本研究において重篤な後遺障害を残すと考えられる下肢骨折を来たした要介護高齢者の追跡を行い、非自立に影響する要因を明らかにできたことは、在宅医療や施設サービスにおける理学療法を行ううえでの参考資料となりえるものと考えられる。
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2012 (0), 48101986-48101986, 2013
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680552701312
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- NII論文ID
- 130004586082
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可