未固定凍結標本を用いた棘上筋腱表層線維の生体工学的特性:肩甲骨面拳上角度と内転トルクが及ぼす影響

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抄録

【はじめに,目的】骨性支持が少ない肩関節は,筋や靭帯・関節包により支持されている。棘上筋腱の大結節停止部,いわゆるcritical portionは血行が少なく腱の変性が進行する部位であり,烏口肩峰アーチと大結節の間に生ずる機械的刺激により棘上筋腱断裂が発生しやすい。近年,肩峰下インピンジメントにより肩関節痛を誘発する症例に対し,腱板の緊張を回復させて疼痛を緩和する試みが行われている。しかし,棘上筋の収縮に伴う腱板の緊張を定量的に再現し,肩甲骨面拳上角度により変化する棘上筋腱表層線維の伸び率を計測した報告はない。そこで本研究の目的は棘上筋の等尺性収縮状態を再現して肩甲骨面拳上角度の変化に伴う棘上筋腱表層線維の伸び率を計測することとした。【方法】未固定凍結標本10肩を用いて,肩甲骨面拳上-10~30°で重錘負荷による肩甲上腕関節内転トルク0.368~2.94Nmを負荷し,デジタルプッシュプルタイプ・ハンディ荷重計測機(アイコーエンジニアリング社製デジタルプッシュプルゲージRX-50)を用いてつり合うように棘上筋腱を牽引して,肩甲上腕関節を挙上する棘上筋の等尺性収縮を再現した。さらにストレインゲージ(パルスコーダー,Levex社,京都)を用いて腱の骨停止部(critical portion)での棘上筋腱表層線維の伸び率を測定した。棘上筋腱を牽引することで発生する肩甲上腕関節回旋トルクを制動するため,アイコーエンジニアリング社製ポータブルトルクゲージRX-T-1000を用いた。肩甲骨面拳上角度を段階的に設定し,内転トルク負荷に釣り合う棘上筋腱の牽引力,棘上筋腱表層線維の伸び率,棘上筋腱の牽引力が発揮する肩甲上腕関節回旋トルクを測定し,それぞれについて一元配置分散分析とBonferroniの多重比較検定を行った。【倫理的配慮,説明と同意】標本は本学医学部解剖学第二講座が管理し,本研究は本学倫理委員会が制定した献体の未固定標本利用に関する指針に基づき,本学倫理委員会の承認を受けた。個人情報の保護対策,及び研究者の感染防止対策を実施した。【結果】肩甲骨面拳上が増加することで,上肢自重により,あるいは段階的に増加させた肩甲上腕関節の内転トルクに釣り合う棘上筋腱の牽引力は有意に増加した(p<0.001)。例えば内転トルクが2.94Nmの場合,棘上筋腱の牽引力は拳上-10°,0°,10°,20°でそれぞれ81.4N,89.2N,97.4N,104Nであり,30°で最大110Nであった。なお,いずれの肩甲上腕関節挙上角度においても,本研究では肩甲上腕関節内転トルク負荷と棘上筋腱牽引力は肩甲上腕関節回旋トルクに影響しなかった。棘上筋腱牽引力の増加に伴い棘上筋腱表層線維の伸び率は有意に増加し,その程度は肩甲骨面拳上10~30°と比較して-10°~0°で有意に大きかった(p<0.003)。2.94Nmの肩甲上腕関節内転トルクを負荷した際の棘上筋腱表層線維の伸び率は肩甲骨面拳上-10°で最大12.9%,0°で9.78%,10°,20°,30°でそれぞれ3.16%,2.02%,1.95%であった。【考察】本研究で設定した肩甲上腕関節内転トルクの最大値(2.94Nm)は,負荷を与えずに上肢全体を30°拳上した肢位での値を想定した。肩甲骨面拳上に伴い肩甲上腕関節内転トルクに釣り合いをもたらす棘上筋腱の牽引力は増加した。棘上筋のモーメントアームが大きい下垂位では内転トルクに釣り合う棘上筋の牽引力が小さく,拳上位ではモーメントアームが減少し内転トルクに釣り合う棘上筋の牽引力が増加すると考えられた。また,肩甲骨面拳上-10~0°では骨頭が腱板を圧迫し,曲率半径の大きい棘上筋腱表層線維がより伸張すると推定された。肩甲骨面拳上10~30°では棘上筋腱が直線方向に牽引され,深層線維が伸張する割合が増加することが推測された。【理学療法学研究としての意義】等尺性肩関節拳上運動を想定した本研究結果により,肩甲上腕関節内転トルクに釣り合いをもたらす棘上筋腱牽引力が働いた際の腱表層線維の伸び率が推定された。棘上筋腱表層線維は肩甲骨面拳上-10~0°で大きく伸張し,10°以上の肩甲骨面拳上ではほとんど伸張しなかった。肩甲骨面拳上-10~0°での等尺性運動を実施する際に注意しなければならない点は,腱の伸び率が大きくなるため,腱板表層線維の断裂を誘発する可能性である。

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